45 平穏 と サイカイ

「お、水無月じゃん。また会うなんて偶然もあるもんだな」


 銀行のATMからいくばくかの金銭をおろし、帰路に着く途中、翔は大津に出会った。相変わらずの見た目だったが、少しだけ目の下のクマが取れていることとシワのない綺麗なポロシャツを着ている様子を翔は初めてその時に見た。

 それほどまでに会社員時代が荒れていたとも言い換えられるが。


「大津さんこそ、何でこんなとこにいるんですか」


 翔の家から銀行までほんの数百メートル。少し前に出会った時のように少し遠くのスーパーで出会ったわけでもなく、ただ家の周囲で出会うということの偶然性に翔は驚いていた。


「ん、いや、普通に俺も用事でこの辺りに来てたんだよ。で、どうなんだ? 弁護士さんの方は?」

「……と言いますと?」

「隠さなくても結構聞いてんぞ〜? お前、あの弁護士さんとしばらくつるんでるんだろ? 俺はあんまりああいう強気な女は得意じゃないからさ、最低限の業務連絡しかしてないんだが、お前は結構会ってるって聞いたぞ?」

「あ、あはは……。ただ相談に乗ってもらってるだけですよ! 精神科に行ってみようかなって思ってたりするんで、おすすめのところを教えてもらったり、ほら、自分新卒であの会社入ったじゃないですか。だから映像編集以外の仕事ってよくわかんなくて職業斡旋してもらったり」


 翔は自分の口からスラスラと出てくる出まかせに驚いていた。ここまで流れるように出てくるのか、と。


「ふふーん? まあそういうことにしといてやるよ。俺もそろそろ仕事探さねえとなぁ。今ちょっと入り用でさ」

「お互い大変ですね……」

「だなぁ。そうだ、今からどっか飲みに行かないか? 昼から空いてる良い飲み屋、この前見つけたんだが」

「すみません。俺もこれから用事があって。また今度連絡ください。大津さんと飲みに行けるなら絶対予定空けときますんで!」

「おう! じゃあ待ってるわ! 裁判も数ヶ月はかかるらしいからしばらくは大変な日が続きそうだけど、お互い頑張ろうな。と、あんまり長話しててもアレか。じゃ、またどっかで会ったら近況でも教えてくれ」


 大津はそう言うとスマホでどこかに電話をかけながら去っていった。


「大津さんも大変そうだなぁ。他の先輩方にも今どうなってるか聞いてみたいんだけど、大津さん以外連絡先知らないんだよなぁ……」


 少し小雨が降り出す中、翔はそう呟くと帰路へと歩き出した。


・・・


 家ではムトが座って待っていた。その姿は翔が家を出る時から変わって足元だけが鳥の、いわゆるハーピィのような姿になっていた。


「ムト、留守番ありがと。ほら、これ。返しとく」

「一括か。金利も取れんなこれじゃあ」

「取る気もないくせに」

「はは、どうだろうな。それよりも、私は少し休んでから行く。お前は農園の方を手伝ってこい。まだまだやることがたくさんあるんだろう?」


 そう。問題が解決したかと言われるとそうではない。農園を邪魔する奴は排除できても、あの三人が壊した餌場の修復や、農園の仕事などやることはたくさんあるのだ。

 翔はムトに感謝を述べると、異世界への扉の向こうに駆け出していった。

 小雨が降り出した日本と違い、異世界は曇ってはいるものの雨が降る気配は一切なく、少しだけ澱んでいるからこそ逆に涼しく、過ごしやすい気温だった。


「あぁ、雑魚お兄ちゃんだ! 僕の力が必要なんだよね? 餌場、直してあげよっか。僕、さっきも言ったけど結構得意なんだよ?」

「コラ、俺らがぶっ壊したんだから俺らが直すのは当然だろうが。と、そんなこと言ってる場合じゃなかったな。カケルって言ったか。時間があればちょっと手伝ってくれ。面白いもんができそうなんだ。今日じゃなくてもいい」


 翔を見つけた二人が、遠くでアーミアを手伝いながらそんなことを叫んでいる。


「私の方も少し話しておきたいことがあるんだが、まああの二人以上に深刻なことではないからまた今度、時間がある時に呼んでくれ」


 そんな二人に手を振って答えた翔の後ろから、今度はカルラがそう呟く。


「あーっ! カルラさんもサボらないでくださいよ! 人数が増えたんですから、農園の使ってない土地もまた新しく整備していくんですからね!」

「はいよ! アーミア、カケルも手伝ってくれるらしいよ! 良かったな!」

「おい! 俺はまだ何も……」


 カルラの肩を抑えようとした翔の視界には、嬉しそうに手を振りながら感謝を述べるアーミアの姿があった。

 翔はそれを見て、断れないと悟った。


「いくら人手が増えたからと言っても、私ら三人もそこまで詳しくないからね。しばらく時間はかかりそうだ。いつでも手伝ってくれ」

「はぁ……わかったよ。じゃあまずは……そうだな」


 翔は顎に手を置くと、何から手をつけようか悩み始めるのだった。

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