42 誤解
何なんだ、と翔は頭を抱えていた。目の前ではここを襲撃した犯人が涙を流している。アーミアがそれに戸惑っていることも、自分がこの段階でもなお冷静でいることもおかしい気がしていた。
「なんで泣いてんだよ……!」
アーミアに聞こえないように翔が小声でカルラに言う。が、カルラは返答しない。
「あ、あはは……そんなに美味しかったですか? 残り、持って帰ります?」
「いや、いいさ。また来ればいいだけだからね。ほら、カケル、行くよ」
涙を拭いたカルラは翔の肩を抱くと、アーミアに「ありがとう」と言って家を出た。
その爪は相変わらずずっと翔の首に切先を向けていたが、翔にとってその強さは少しだけゆるまっているような気がした。
からりと乾いた風が頬を突き抜ける中、二人は農園の中を歩き、異世界への扉を通じて翔の部屋に向かった。
「で、これからどこに向かうんだ」
覚悟が決まっているわけではないが、それでも翔は強く出ていた。ムトが何か策を弄せずにこんな状況に持ち込むわけがないと思っていたからだ。
「どこに、か。その前に一杯くらい水をくれないかい? 喉が渇いた」
翔が返答する前に、カルラはキッチンから勝手にコップを拝借すると水を注いだ。
「さっき私が突然泣いたこと、不気味に思っただろう?」
水を注いだコップに口をつけながら、カルラは突然語り出す。キッチンに立っている以上翔は外に逃げることもできず、アーミアを巻き込みたくないが故に異世界への扉に戻るという選択も取れない。
そんな状態での会話に、翔は素直に首を縦に振った。
「久々にちゃんとした食事にありつけてね、人の優しさを感じればそうもなるさ」
「意外だな。人の心なんてないものだとばっかり思ってたが」
翔の少しばかりの抵抗に対して、カルラはコップをシンクに置くと手を叩いて笑った。
「そりゃああるさ! 私もお前と同じように自我を持つ生物だからな」
「にしても、食事にありつけなかったってどう言うことか聞いても構わないか? 連れていかれる前に、俺からも雑談ってことで」
「ん、もちろん。そのつもりさね。私もチッチョもラプタも、ただの他人だけれど、みんな同じでね。元々家族に荒くあしらわれた集団なのさ」
カルラがシャツを捲ると、腹部には少しだけはげており、その下に火傷の跡が見える。
「誰にも傷の一つくらいあるもんさね。アンタもヨコヤマの顔を見るたびにゲロを吐いてたんだろう? 聞いたよ。けけけ……」
笑いながらカルラはまた水を口に含む。
「私も鈍ったもんだね。あんなに小さな優しさで泣いちまうなんてさ。でも、だからと言ってヨコヤマとの約束を破るわけにはいかないんだけどね」
「それなんだけど、何であんな奴の言うことを聞いてるんだよ。あれは全部逆恨みだぞ」
「さあ、一宿一飯の恩って言えば良いのかね。でも、何が正しいか私にもわからなくなってきちまった」
ゆっくりとカルラがこちらに歩み寄ると、翔の前で座った。
「私らもさ、何も悪いことをしたいわけじゃないんだよ。ただ、逃げたいだけだったんだ。だけれどね、アンタらの農園がそれを拒んだ」
農園に張られている結界のせいだ。それによって三人はそこを通ることができなくなってしまった。
「けど、それなら別のルートを通ればいいじゃないか。それこそあそこを迂回するルートなんて山ほどあるわけだし」
「で、迂回してどうするって言うんだい?」
「……え?」
「迂回して通って、どこに行くって言うんだ。私らはアンタらの農園に匿ってもらうためにここに来たんだよ」
「じゃあちゃんとそう言えばよかったじゃん」
「そうはいかなかったんだよ。私らがやっとの思いで入って来れたアンタらの農園で、ヨコヤマと会ってね。その時にあの男にチッチョが乱暴をされそうになった。それを追ってみたら、何とそこは私らとは住む世界が違ったわけだ。ただ、そこは確実に追っ手が来ない場所だった。だから、甘んじてそこを受け入れるしかなかったってわけさ」
何か、無理がある内容だ。翔はそう感じた。ただカルラが何かを隠すようなそぶりは見せていない。素人判断ではあるが、翔にとってカルラのその言葉は全て真のような気がした。
「で、どうするんだよ。ずっと何かを言いたいって顔してるけど」
「……わかるかい? どっちが正しいのか、だんだんわからなくなってきたんだよ。アンタらに一晩中縛られている間にね。何で私らはあんなことをしようとしたのか、さっぱりわからなくなり始めたんだ」
その時、翔の家の扉が開いた。その音に翔は飛び上がって構える。カルラが遅いからと社長自らが乗り込んで来たのかと勘違いしたからだ。だが、そこに立っていたのはムトと、そしてカルラの仲間二人だった。
二人は顔を隠すようにフードをかぶっており、ラプタに関しては先ほどまでのような巨大なイタチの姿ではなく、肩幅の広い男性のようなシルエットになっている。
「アンタ達、何でそんなとこに」
「姉さん、誤解だったんですよ」「カルラお姉ちゃん、この人たち、悪くないってさ」
「どうやら何らかの魔法で暗示をかけられていたみたいだ。昨日のうちに解除はして置いて、この二人はそれでなんとかなったんだが、その女だけは何とかならなかった。だから、まあ私が強引に引き戻すよりも何かファクターを詰めさせた方がいいと思ってな。まさかアーミアのタルトでこんなことになるとは思ってなかったが」
ムトがそう言いながら二人を招き入れ、扉を閉める。
「アンタ、ムトって言うんだったっけ? 何が誤解だったのか、詳しく聞かせてもらうよ。それに、魔法が使われていたってこともね」
ムトはその問いに対して、深く首を縦に振った。
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