47 誤認

「やかましい! って、何してんだお前」


 ラプタが顔を出すと、そこにはチッチョの体を取り押さえている翔の姿があった。


「成人男性が……児童を……。やっぱお前だけは殺しておくべきだったか」


 そんな様子を見たラプタは、一瞬で自分がしなければならないことを脳内で弾き出し、ゆっくりと翔の元に歩み寄ってくる。


「ま、待て待て待て! コイツが服を脱ごうとしたから止めてるんだよ! 仮にも女の子だろ! 成人男性の目の前で服を脱ぐ方がやばいって! 考えろ!」


 翔はそんなラプタから逃げるようにチッチョを放すと数メートル後ずさる。


「あっれ〜? 雑魚お兄ちゃんが僕のことを襲いたかったんじゃないのぉ?」

「完全に誤解を招く嘘を言うなって!」

「あぁ……はいはい。大体わかった」

「待て待て待て待て!」


 逃げようとする翔をラプタが追いかてくる……かと思ったのだが、ラプタはそのままチッチョの近くに行くとその後頭部を軽く叩いた。


「お前なぁ、また変な誤解を与えたまま解こうとしなかっただろ」

「いたた……だってぇ、雑魚お兄ちゃんが面白かったから……」


 何が何だかわからないまま固まっている翔に、ラプタがゆっくりと近寄ってくる。その手には首根っこを掴まれたチッチョがおり、無抵抗ではあるが自分の意思で移動することはなくずるずると引きずられていた。


「すまんな、このバカのせいで。こんな見た目でもな、コイツ男なんだよ」


 男なんだよ。

 翔の脳内は一瞬でその理解不能な言葉に埋め尽くされる。


「え、ええええぇぇぇぇぇッッッ!?!?」

「てへ、バレちゃった」

「はぁ……お前、初対面相手には説明しとけって毎回言ってんだろ? 変な趣味しやがってよ」

「ずっと僕って言ってんじゃんねえ? それに、リスの獣人ってずっと可愛いまんまなんだよ? こんな可愛い見た目なら、可愛いカッコするのが普通だもんね? ね〜雑魚お兄ちゃん?」

「その呼び方もやめろ!」


 もう一度後頭部を叩かれるチッチョ。そしてその様子を見ながらも、翔は言葉を一切発することができないまま固まっていた。


「あ、え……でも、声とか……」

「声変わりしないんだよ? 僕みたいな小さい種族って」

「……」


 ラプタとチッチョを交互に見ながら翔は回答をおもねるが、その困惑を後押しするようにラプタはこくりと頷くばかりだ。


「ま、まあそうか……」

「あ、じゃあ見る? オトコノコの証明。あ、でも雑魚お兄ちゃんの度胸じゃそんなこと無理かなぁ?」


 チッチョが今度はシャツではなく、ズボンの裾に手をかける。慌ててそれを翔が止めようとする前に、ラプタの手がチッチョの手首を掴んだ。


「いい加減にしろっつの」

「いったー! ラプタひど! 本当にするわけないじゃん!」


 三度目は無いとばかりにゴンと後頭部に拳を喰らったチッチョは、涙目になりながらラプタを叩いていた。


「ま、そんなわけだ。こんなナリだが年齢も俺と変わんねぇ。お前も変にほだされんなよ。コイツ、調子に乗るとすぐに変なこと言い出すからな」

「あっ! 年齢もバラしたなこのクソイタチ!」

「俺はアナグマだっつの!」

「マジで!?」

「お前もかよ! 俺はイタチじゃなくてアナグマ! 目の下に線が見えるだろ? ほら、ここ!」


 ラプタが指し示す場所には、確かにうっすらと毛皮の色が他よりも濃い部分がある。だが、元来の地球では存在し得ない体格の大きさから、それほどまでに動物に造詣が深くはない翔には何が違うのかわからなかった。

 翔の驚きに再度ラプタはツッコミ、これ以上漫才を続けるのも面倒だとばかりに帰っていった。


「雑魚お兄ちゃん、すっごい勘違いしてたね」

「誰が言わなかったからだよ……と、そんなこと言ってる場合じゃないか。チッチョ、これからどうするんだ?」

「えーっとねぇ」


 レンガの前に戻ってきた二人は、それから日が傾くまで黙々と作業を続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る