87 石英の歩み

 クォーツという人物は、ムトの弟子の一人だった。まだまだ人間と獣人が共存していた時代に、その存在は己が名声を高めるための魔法を探求していた。

 ムト自身、それを否定する気はなかった。他の魔法使いの老獪と違い、どんな手段であれ魔法は発展すると考えていたからだ。


「だが、その男はあまり研究熱心ではなかった。私の魔法理論を理解することも出来なかったようだったからな」


 クォーツ自身は、噛み砕いた内容を他の弟子から教えられて、ムトの魔法を理解していた。それが本人のプライドにどう作用していたかはムトにはわからなかったらしい。

 放任主義かつ実力主義の弟子の集団の殆どはムトの魔法を理解できないまま弟子から去っていった。その中でクォーツはある程度食らいついていた。それだけでも超一流とは言わずとも、一流と呼べるだろう。


「だが、私はその男のその後を知らない。それどころか、私はその男を過去の賢人と並んで記憶していた」


 ムトはここから先が自分の突飛な推理であることを強調しつつ、その後にあったことの予測を話し始めた。

 クォーツがいつ、ムトの弟子を離れたかはわからない。だが、その時にワークスと知り合っていたとしたら。あるいはムトに魔法を教えていたのがワークスだったとしたら、そのあとの流れがわかりやすくなる。

 クォーツは弟子を離れた後もワークスと知り合いであった。

 そして、ある日クォーツから聞かされたのだ。人の記憶を改ざんする魔法を。

 ムトはそれを強力である代わりに難しく、一つの魔法に固執して狂うほどの研究を終えなければならないものだと評した。だが、十年もあれば習得ができるとも付け足す。

 それと同時に、その魔法が習得できるほどの練度の高い魔法使いは、それだけで記憶を改ざんしてまで何かを行う時間はない。新たな興味の矛先ができるか、あるいはそれを誰かに広めるための準備を行うからだ。

 だが、クォーツはそれをしなかった。己のために、悪用したのだ。

 十年以上の狂気の果てに、クォーツは魔法を自らのものとした。


「そこから先は早い話さ」


 クォーツは親交があったワークスをまずどうにかした。


「十中八九殺したと言っても良いだろうな」


 次に、クォーツが記した書籍の中から記憶改ざんの魔法を抹消した。途中で様々な人の記憶を改ざんしながら。


「己以外にその魔法を使える魔法使いがでてきては困るからだ」


 さらに、ムトの記憶を改竄した。


「私の中でまず、世界最高の魔法使いであるという事実を持ちたかったのか、そこだけはわからん」


 ただ、そこで誤算があった。


「記憶を消して思い出すと、案外鮮明に覚えていた記憶があった。クォーツをカケル、お前の世界に送り込んだ理由だ」

「えっ!?」


 突然のムトの言葉に翔は自らの顔を指差すが、ムトはお構いなしに続ける。


「あのバカの記憶操作魔法に私は気がついたんだよ。後の祭りと言うべきか、私はあの男の記憶改ざんを受けたあとだったから、世界最高位レベルの魔法使いに何かをされたという事実だけが私の中に残った」


 馬車が揺れて、乗っていた全員の体が上下に揺れる。舗装された道から少しずつ外れはじめていた。


「プライドの問題、といえば話は早いが、弟子が師匠に手をかけるなんてことがあっていいはずがない。私は異世界の扉を開いて、そのバカを適当なぶち込んだ。警戒して損するほどにクォーツの魔法は弱かったからな。そこは楽だったさ」

「にしては交流があったんだな。事務所に呼ぶほどには」

「あぁ、まあ、多少はな。アレが過ごしにくい世界に定着させるだけでも十分な罰になる」


 ムトはそう言うと、鼻息を一つ鳴らした。


「あのさ、一つ良いかな」

「なんだ」

「ムトがどう思ってるかは知らないけど、それって俺達に関係ある話なのか? いや、俺はまあ別にある程度手伝っても良いかも知れないけど、この前のクォーツに会ったのは俺の用事のついでってことでまあわかるとしても、これ以上何か首を突っ込むことはアーミアの身も危うくなるんじゃないの」


 翔の言葉に、ムトは押し黙る。


「まあ、もう少しだけ聞いてくれ。私が許せないのは、三つ」

「三つ……」


 翔の繰り返しも、今はあまり不愉快ではないといった様子でムトは目を開いた。


「一つは私の記憶の改ざん。二度目ともなれば師匠にこんな魔法をかけることもそうだが、私自身のプライドに傷をつけた罪は更に深い」

「だいぶ自己中心的な恨みだな」

「それはお前が魔法使いじゃないから言えることだろう?」


 ラプタの呆れたつぶやきに、ムトは返す。


「二つ目はワークスに関してだ。私は殺したと言ったが、まだ確定ではない。だが、そうだとしても高名な魔法使いが消息不明なんて、基本的に何かあったに違いないだろうな。クォーツが何かを行ったとみて間違いない」


 ムトが更に語気を強めていく。


「三つ目。これはカケル、お前に関連することだ」

「お、俺? ムトの過去の因縁になんで俺が……」

「知らんのか? というか、感じなかったのか?」

「な、何をだよ……」

「いや、まあ私も忘れていた手前強くは言えんが」


 ムトはゆっくりと翔の目を見る。


「クォーツはな、獣人じゃない。人間だ。あの時代を生きていた、ほぼ最期の生き残りだ。そして、お前の上司、名前は確か……大津だったか。アレがクォーツの本当の姿だよ」

「え、ええええええええええええ!?」


 草原を走る馬車が飛び上がるほど、翔は大声で叫んだ。

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