第50話 手紙の謎
エリックがいう【東部地方の料理を出す地区】とは、所謂、居留地の事だ。東部の国の人々がそこで暮らしている。そこはまるで、そこだけ東部の国の様で、建物や売っている食べ物、野菜や調味料、雑貨等、全てが異国の様な地区だ。
ダレン達は以前、とある貴族の依頼で、調査の為その地区へ出向いた事があったのだ。エリックが言っているのは、その時に尾行をする際に入った雑貨屋の事を話していると気がついた。
街全体が、ダレン達の住まう地区の香りとは異なる。まるで結界の様にドンと立っている門を潜ると、そこから街の香りが変わる。そう感じるほど【異国】なのだ。
ダレン達は事件解決以降も、時折りその地区へ行って食事をしていた。エリックが殊の外、スープに並々と浸かった麺料理を気に入っていたからだ。流石のダレンでも、あの味を再現する事は難しく、エリックが食べたがると行くのだ。
そんな、異国情緒漂う地区の一軒の雑貨屋。
そこの店は、様々な香りが入り混じり、何の匂いなのかも分からなかった事を思い出す。
「この布の匂い、あの店にあった量り売りの香辛料の匂いに似てる気がするんです」
「なるほど……確かに、スパイシーな香りからもそうかも知れないな……」
ダレンは種の入っていた封筒に視線を落とす。ふと、何かに気がついたのか封筒を手に取り、他の封筒と見比べる。そして、ルーペを持って宛名をじっくりと観察し始めた。
エリックはダレンの様子を黙って見つめる。エドガーとクロエは戸惑った表情で様子を見ていた。
じっくり時間を掛けて見比べる終えると、ダレンが顔を上げた。
「エドガー殿」
「ああ」
「公爵家は東部地方の国と、何かしらのやり取りをしているとか、知り合いが居るとかは?」
「いや、私は交流はない。父にも、そういった人物がいた様には記憶がない」
「そうですか……。では、話を聞かせてください。まず、この不可解な手紙が貴方の元に届いたのは、いつ頃からですか?」
ダレンはテーブルに並べた六通の手紙に目をやり、すぐにエドガーに視線を向ける。
エドガーは、ひとつ顎を引くと、これまでの経緯を詳しく話し始めた。
♢
「私に手紙が届いたのは半年前だ。父が何者かによって、毒殺されかけ倒れたのだ。その後に、この手紙がら届きだした。だが、事の始まりは、先程も言った通り、祖父が亡くなった日に遡る……」
エドガーは、視線を遠くに向ける。ダレンもエリックも、その瞳には映っていない。彼の瞳の中には今、記憶の中にある公爵家の屋敷が広がっていた。
「祖父の葬儀があった日の夜。真夜中に誰かが言い争う様な声が聞こえて来たんだ。私の部屋にまでその声が届いたので、恐らく父が酒でも飲んで、祖父への不満を独り放っているのだろうと思っていた。父は、祖父をそれはそれは恨んでいたからね。祖父は父に爵位を襲爵するのを、ずっと拒み続けて。遂に亡くなる直前まで襲爵する事は無かった。だが、公爵家は父によって保たれていたんだ。祖父は博打の様な事ばかりして、領地を危機的状況にさせる事も多かった。表向きは、公爵であるのは祖父だから、どんな手柄も全て祖父の手柄となって世間に広まる。父は、その影となって一人奮闘して来たんだ。だが、どんなに父が支えようと、祖父は何故か父を認めなかった」
父親を思ってか、エドガーの表情が哀しみの色を纏う。
「ここからの話は、私たちが意識を取り戻した父から聴いた話だ」
そう前置きをすると、エドガーは小さく息を吐いた。
「……父が言うには、祖父の様子がおかしくなったのは、亡くなる半年前だと言った。確かに、私達だけでなく使用人達も同様に気が付いていた事だ。何かに怯える様になり、部屋には常に鍵を掛けていた。長年勤めているリルドという執事だけが、祖父と話すことが出来て、父はリルドによく様子を見に行かせていたんだ。リルドが言うには、ある手紙が届く様になってから、様子がおかしくなったと。その手紙がどんな物かを聞いたが、リルドにも見せない上、元々、祖父は手紙を自分で開けないと気が済まない人でね。誰かがうっかり開けてしまった時には、殺しかねない程の怒り様で、紹介状も無しに、その日のうちに首にした程だ。リルドも、流石に手紙を開ける事は出来ないと言ってね。では、それを祖父にバレずに見る事は出来ないかと言ったが、それも難しかった……」
ずっと遠くを見る様に話をしていたエドガーが、ふと記憶を辿るのを止めたようにダレンを見つめた。その瞳には、僅かな恐怖が見てとてた。ダレンは黙ってその瞳を見返す。
エドガーは、ごくりと唾を飲み込むと、再び話を始めた。
「だが、最後の手紙だけは、見る事が出来たと言っていた。その時、祖父は今までにない程に怯え、顔面蒼白になり手紙を落とした事にも気が付かないでいたんだと。その手紙には、
そこまで話すと、エドガーは酷く疲れた顔をし項垂れる。
「貴方のお父上に届いた絵と、この貴方に届いた絵と同じ人物が描いた物か、分かりますか?」
エドガーが首を横に振る。
「手紙は見ていない。見せて欲しいと言ったんだが……。急に父が錯乱状態になり、それ以上の話が聞けなかったんだ。酷く怯え、会話にならない。主治医にも止められ、それ以上は……。リルドが生きていれば、確認が出来たのだが……」
「そうですか……クロエ嬢は、この絵を見た事は?」
クロエへ視線を向けたダレンに答えたのはエドガーだった。
「クロエには手紙の存在は話していたが、絵を見せていなかったんだ。父と祖父同様に、変な手紙が届く様になった、とだけで……。クロエには、なるべく心配をさせたく無かった。だが、クロエ宛にも手紙が来て……。それで悩んでいた所に、同僚から【探偵】の話を聞いたんだ」
「では、クロエ嬢は今が初めて見た、というわけですね?」
クロエが微かな震えを抑え、小さく頷く。
「ええ……今、初めて見ましたわ……」
「なるほど……」
ダレンは何かを考える様に、静かに目を伏せる。が、その眼はクロエの言葉ですぐに開かれた。
「ただ、父宛の手紙に、何の絵が描いてあったかだけは分かります。それが全ての手紙なのかは分かりませんが、看病している際に父がうわごとの様に呟いていたのです」
「それは、どの様な?」
「動物は兄の手紙と同じく鼠、蝶、そして兄には来ていない蛇。花は黒薔薇、トゲクサ、そしてマツユキソウ」
「花は全て違うという事ですね」
「ええ」
ダレンは椅子の背もたれに背中を預け、スッと人差し指を口の前に持っていく。
エリックがそれに気が付き、エドガーとクロエに「少しだけ、お待ちください」とにっこり微笑んで言う。
ダレンは黙って目を閉じる。
ダレンは今、自身の脳内にある【思考の海】に潜り込み、様々な記憶を漁り、絵の意味を調べ始めていた。
そっとその両眼が開かれたのは、三分程経ってからだった。
「まずお二人は、これらの絵にある意味を、理解する必要があります」
そう切り出すと、ダレンはクロエが伝えた父親の手紙にあった絵と、エドガーの絵について話しを始めた。
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