第53話 裏の意味


 エリックが応接室に戻り、ダレンは絵に描かれたモチーフの反対の意味を、一から話し始めた。


「先程も少し説明しましたが、改めて全てを繋げて意味をお伝えします。まずは鼠から。鼠は【泥棒】という意味があります。そして四つ葉には【復讐】、蜘蛛の巣に引っ掛かる蝶。これは、二重の意味があるかと。蜘蛛の巣には【執着】という意味があります。蝶は【死の前触れ】という意味と【短命】という意味がある。蜘蛛と蝶は絵の通り、捉えて離さないという意味もあるでしょうが、二つを合わせて読み解けば、【短命に終わるよう仕向ける】と、言いたいのかと。そして、ヨモギギクは【貴方との戦いを宣言する】、フクロウは、国によっては死の象徴でもあります。意味は【死を見届ける】。種は、まだこれが何の種なのか分からないため、答えられないが、この手紙の順番は、文章になっている」


 ダレンの説明をノートに書き記録を残していたエリックが「文章?」と訊ねると、ダレンは「ああ」と短く返事をし、続けた。


「【泥棒には復讐を。貴方を捉えて短命に終わらせる。これは宣戦布告である。貴方の死を見届けよう】」


 しんと静まり返った部屋に、ダレンの低く落ち着きのある凪いだ声が響く。


「まず、お爺様の絵がどういった絵から始まったのかも重要になる所ではありますが、恐らくこの絵を描いた人物から、何かを奪い取ったのかも知れません。だから、泥棒。そして、それに対し復讐をし、貴方の立場を奪い取ると宣戦布告をしている。貴方を殺してでも、その何かを奪い取る……。これだけでの判断だが、恐らく家名か爵位か……。この様な言い方はアルバス公爵家に対して不敬になるが、敢えて言うなら。この者は、アルバス公爵家の血を根絶やしにしようとしているかと」


 ダレンの放った一言に、エドガーがブルリと震える。元々悪かった顔色が一気に土気色に変わった。


「いったい、なんの、ために……」


 絞り出すような声。僅かに聞こえ、ガチガチと震える歯音。必死に堪え、口を一文字にし噛み締めている。


「それは、これから調査していきます。なるべく早い段階で解決出来るようにお知らせ致します。ところで、まだお聞きしたい事があるのですが。大丈夫ですか?」


 エドガーはぎこちなく頷く。


「今、公爵はどちらに?」

「……公にはしていないが、領地で静養中だ」

「貴方は?」

「私は父の代わりとして主に王都に居るが、オスカー殿も知っての通り、私が倒れた事にして噂を流しているため、表には出ていない。週に一回、こちらと領地を夜中に行き来している」

「クロエ嬢は?」

「母と共に領地で父の看病を」

「この手紙は、領地に届いたのですか?」

「いや、王都の屋敷だ」

「なら、犯人には貴方が領地に居ないと知られている可能性が高い。それから」


 ダレンは一旦言葉を切った。

 何かを考える様に、視線を絵に向けたまま黙った。


「オスカー殿?」


 呼び声に視線を上げる。

 じっと、探る様に見つめるダレンの瞳に、エドガーは戸惑った様に見返す。


「エドガー殿、今日は何処へお帰りになりますか?」

「帰る、場所? ああ……宿に泊まろうかと……」

「今日は、クロエ嬢と共に屋敷へ帰って頂きたい」

「え?」

「やって頂きたい事があるのです」


 そう言ってダレンは、どこか見る者を魅了する、妖艶な笑みを浮かべた。その笑みに、ゴクリと喉を鳴らしたエドガーは、「何を、すれば?」と掠れた声で訊ねる。


「クロエ嬢と共に、王都の屋敷に戻ってください。そうですね、一週間は滞在していて欲しい。そして、積極的に外へ出てください」

「しかし、そんな事をしたら……」

「早く犯人を捕えるためには、必要な事なのです。安心してください。護衛は付けます」

「護衛なら、屋敷にも居るが……」

「屋敷内では公爵家の護衛で。外からの見張りとして、腕の立つ一流の部隊を知っておりますので。その者達を見張りに付けましょう」

 

 ダレンのいう『一流の部隊』が誰を指しているか察したエリックは「すぐに手配します」というとダレンは「頼んだ」と一つ頷く。

 それを見て、エリックはすぐにディランに話を繋ぐため、部屋を出て行った。


「それと、もう一つ。お父様に届いたという手紙を探して頂きたい」

「私も散々探したが、見つからないのだ……」

「誰もが分かる場所にあるとは限りません。隠し戸や本の間。よくあるのは、机の引き出しに細工がある場合があります。案外、そこかも知れません。例えば、三段の引き出しがある場合。一段目と三段目は普通ですが、二段目に細工がある場合があります。一段目の引き出しと二段目の引き出しの奥行きが異なる状態です。その場合、二段目の引き出しを引き抜いて、奥を見てみてください。隠し箱がある筈です。隠すとすれば、そこかと」

「確かに、そこまでして見てはいなかった……。分かった。帰って確認してみよう」

「お願いします。それから、クロエ嬢にもお願いを」


 その言葉に、エドガーは怪訝な顔をする。


「クロエに、何を……? 危険な事では無いな?」

「ええ。今まで通りに過ごして欲しいと、それだけです」

「今まで、通りに?」

「ええ。いま、学園は休学中ですよね。明日から学園へ行って頂きたい。それ以外にも今まで行っていた場所などにも行き、以前と変わらない一日を過ごして欲しいと」

「……分かった。その間、クロエは貴方のいう一流の部隊に守って貰えるんだな?」

「はい、その様に」

「……分かった。貴方を信じよう」

「ありがとうございます」


 エドガーは深く顎を引き、先程とは違う何かに挑む様な瞳でダレンを見返したのだった。


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