第54話 送り主
エドガー達が帰った後。
応接室には、ダレンとエリックのみがソファに座っていた。
テーブルの上には、エドガーに譲ってもらった三粒の謎の種がソーサーの上に転がっている。
「ダレンさん」
「なんだ?」
「この種、なんの種か分かっているんですよね?」
ダレンは横目で隣りに座るエリックを見遣る。
エリックは目を細め、どこか疑わしそうにダレンを見つめている。その顔に、思わずダレンはフッと笑った。
「ダレンさん?」
不満そうに名を呼ぶ愛弟子に、ダレンは笑いながら「悪い、悪い」と軽く謝った。
「よく気が付いたな」
「ダレンさんを五年間、見続けて来てるんです。言葉に含みがある事くらい、気が付きますよ」
ダレンは、何度も「これが何の種か分からないが」と、前置きをして話をしていた。普段のダレンであれば、その場ですぐに調べるのに、だ。
「ははは! なるほど。素晴らしい」
「茶化さないで、教えてくださいよ!」
口を尖らせ教えろと強請るエリックに、ダレンは些か乱暴に頭を撫でる。
「悪かったよ。この種だが、木蔦だよ」
「木蔦? あの、家の壁や木に巻きついたりする蔦の?」
「そう。木蔦の言葉は、【永遠の愛】という意味がある。他にも意味があるが、今回はこの意味だろう。そして、反対の意味は【死んでも離れない】だ」
意味を聞いたエリックは、顔を顰め「なんか、すごい執着ですね」と呻くように言った。
「ああ、とんでもない執着だ。だが、この種だけクロエ嬢に届いたという点も重要だ。恐らく、この種の送り主と絵手紙の主は、別人だ。だから、裏の意味ではなく、純粋に愛を伝えようとしている様にも思う」
「え……。それって、ダレンさんが封筒を気にしていたのが、ヒントですか?」
エリックの発言に、ダレンはニヤリと口角を上げ「よく出来ました」と言った。
「種の入った封筒の宛名と、エドガー殿に来た宛名の文字は、一見、とても良く似ている。だが、どんなに真似をして書いたとしたも、人の微細な癖は真似出来ないものだ。クロエ嬢宛の封筒にはある癖が、エドガー殿宛には無かったんだ。エドガー殿宛の宛名は、まるで文字を写した様に良く似ている事に、違和感すらあった。僕は神経質な、と表現したが……一つの手本を忠実に書いた様だった。だが、クロエ嬢宛の宛名には、少しの遊びが見えたんだ」
「遊び、ですか?」
「ああ」
ダレンはエリックが持っているノートに、自分の名前を書く様に言った。エリックは空白のページに名を書き、そしてダレンがペンを持って、その下にエリックの名前を書いた。それは、エリックが書いた文字にあまりに良く似ていて、エリックは驚いた。普段のダレンの文字とは全く異なっているのだ。
「君の文字を真似て書いた。だが、よく見てごらん。君の文字は、文字の終わりが少し跳ねるんだ。僕も真似て跳ねさせてはいるが、君の方が柔らかく跳ねている。それは、君の無意識な癖だから自然に書けているんだ。だが、僕のは真似て書いているから、硬い」
ノートを目の前に持ち上げて、見比べる。
ほんの些細な差だ。よくよく見ないと分からない程に。
「こういうのを【遊び】と言うのだが、真似て書いた文字には、遊びが無いんだ」
「だから、別人だと」
「ああ。だが、お陰で答えに近づけた様にも思うよ」
「答え? え、答えって。ダレンさん、もう犯人、分かっているんですか?」
「いや。犯人というより、恐らく共犯だな。おおよその見当はついたってだけだよ」
その言葉に、エリックは目も口も大きく開き、身体ごとダレンに向く。
「えぇ!? 知りたいです!」
「謎を解く鍵は、たくさん散らばっていたぞ? 自分で考えてみろ」
「うぅぅーーー!! なんか、そう言われると悔しいっ! あの年配の女性が若い男性だった事も気が付かないのに、オレに分かると思いますかぁ?」
頭を掻きむしり唸るエリックに、ダレンは笑う。
「悔しいのに、教えろとは。矛盾してるじゃないか。でも、今回はエリックの食いしん坊のおかげで、僕もひとつ鍵を得たみたいなモノかな」
「食いしん坊って。育ち盛りって言ってくださいよ」
「それ以上に、まだ育つつもりか?」
拗ねる様に口を尖らせるエリックを見て、ダレンは大笑いしながら立ち上がった。
「まぁ、考えてみろ。これも練習だ。さ、エリック。出掛けるぞ」
「出掛ける? 何処に?」
「君が好きな、スープたっぷりの麺料理を食べに行こうじゃないか。食いしん坊くん?」
自分が好きな料理を言われ、不貞腐れた顔が一気に花開く様にパッと明るくなる。それを見て、再びダレンは声を上げて笑った。
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