第41話 キャロルのお願い


 つい三十分前のこと……。


 キャロルがフィーリアと共に前触れもなくやって来た。それは良くある事で、ダレンは驚きもしなかった。

 だが、何を血迷ったのか、キャロルはダレンの家にフィーリアを住まわせて欲しいと言って来たのだ。

 何故なのかを聞き出そうとしても、のらりくらりと交わすキャロルに、ダレンは珍しく本気で怒りを露わにしていた。


「だから。可愛い子には旅をさせろって言うじゃない?」

「旅先が、何故! 僕の家なんだっ!!」

「だって! 十五歳にして、この誰もが認める美貌を持ったリアが! 下手に変な所へ行って暮らすより、ダレンもリッキーも居るこの家の方が圧倒的に安全じゃない!」


 握り拳を作って力説するキャロルに、ダレンの眉間の皺が深くなる。


「……リッキーとは、誰のことだ」

「リッキーはリッキーよ。ねぇ、リッキー」


 キャロルはダレンの後ろに立つ青年に笑顔を向ける。

 ダレンは後ろを振り向き、エリックを見遣る。


「……原型が無くなってるじゃないか……エリック、だから言ったろ? 嫌なら嫌だと言わないと、名前が無くなると……」

「原型ならあるじゃない」


 失礼な、と憤慨しているキャロルに向き直る。


「どこが?」

「リッ、って。リッ、って残ってる」

「それでエリックと判断出来ると?」

「はい。出来ます」


 自信たっぷりで胸を張るキャロルに、ダレンは深いため息を吐いた。もう、それはいい。エリックが良いとしているのなら、何も言うまいと思ったダレンは、気を取り直し「それで?」と話を続ける。


「僕とエリックしか居ない男所帯に、愛娘を放り込む方が危険だとは思わないのか?」

「大丈夫! 二人を信じているし、侍女を通わせるから」

「通わせる? 夜については? 全くもって考えられていないのかな? そもそも此処より学園に通わせて寮に入れる方がよっぽど良いだろ」


 ダレンは青筋を立てながらも笑顔でキャロルに言い返す。だが、キャロルはキョトンとした顔で小首を傾げた。


「リアに勉強はもうじゅうぶんよ。学園に行った所で学ぶ事なんて何もないわ。寧ろ、教師になれるくらいだもの」


 その言葉には、ダレンも「確かに……」と同意せざるを得ない。

 何故なら、フィーリアは十歳の時点で六カ国語を話し、聖女候補であっただけあり、拙いながらも一通りの礼儀作法は出来ていた。そして本人自身が勉強熱心だった様で、あらゆる事に興味を持ち、家庭教師すら唸らせるほど優秀な子供だったのだ。

 一緒に勉強を見てもらっていたエリックも、なかなか優秀だったが、それを上回る頭の良さに、誰もが驚いた程だった。


 黙ったまま目を伏せて、しおらしくしているフィーリアは、現在十五歳。キャロルの言う通り、とても美しい女性になっていた。

 養女として迎え入れた五年前。キャロルはフィーリアを紹介する為に、茶会などに足繁く通った。養女と言っているにも関わらず、アーサーと同じ黒髪に、金色が混ざってはいるが、キャロルに良く似た緑色の瞳に、何故か養女だと信じてもらえないという話は、ダレンも知っている。


『こんなに美少女なら、隠したくもなる』


 などと言われ、はや五年。縁談の話が絶え間なく入って来る。五年経った今では、それが更に増えた状態だ。


 それも踏まえて考えれば、キャロルのいう通り学園に行った所で……ではある。が……。


「それでも、友達作りは必要だろう。学園は勉強だけじゃない。女性にとっては社交場でもあるだろう」

「ダレン……? 今の時代、社交の場だけで無くても交流は広げられるわ。それに、この先の時代、貴族よりも交流を深めた方が良い関係性だって、あるでしょう?」


 それはダレンが常々思っている事だ。それを言われ、ダレンはぐうの音も出ず、押し黙ってしまった。あともう一押し! と感じたキャロルは、ダレンに近寄り囁く。


「それに考えてもみてよ。リアの話せる外国語の量はダレンよりも豊富よ? もし何か難解な依頼があった時に、リアの語学力が役立つかも知れない……。リアなら口が堅いのは知っているでしょう? 助手がもう一人増えると思って。ね? 悪くないと思わない?」


 それは確かに、その通りだった。

 この五年の間に他国とのやり取りが増えたレイルスロー王国では、ごく稀に他言語が必要となる依頼が舞い込む事があった。依頼量としては少ないが、全く無い訳ではない。その時、ダレンが知る言語以外が出て来ると、仕事の性質上、通訳者を通すわけにはいかない事から、自ら辞書で調べなくてはいけなかった。キャロルの言葉に、ダレンは小さく唸り声を上げる。

 その反応にキャロルは、更にもう一押し! と言わんばかりに耳打ちをしてくる。


「リアが一緒に住めば、ダレンとエリックのは途絶えるかも知れないわよ?」


 それは、まるで悪魔の囁きのようにダレンを唸らせる。


「まぁ……確かに……」


 悔しそうに顔を歪めるダレンを見て、キャロルは小さく「よしっ!」と言って、拳を胸の前で振る。だが、それで「良いよ」となる訳もなく……。


「キャロル。ちょっと」


 ダレンは据わった目のまま、キャロルに顎でついて来いと示す。

 キャロルは先程までのふざけた雰囲気を消し去り、神妙な顔付きになると、ダレンの後に続いて部屋を出て行った。

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