第42話 預かる理由
二人は一階の応接室に入ると、早速ダレンが切り出した。
「本当の理由は何だ。安全性など考えても、伯爵家の方が良いのにも関わらず、何故、ここに?」
ダレンは椅子に腰掛け長い足を組む。
キャロルは二人掛けのソファに腰掛け、ふうと息を吐いた。
「……最近、伯爵家に不審な人物が
「それは前からだろ。それとフィーリアがここに住む理由に、どんな関係が?」
ダレンの顔に、依頼人と対面する時の鋭さが宿った。エリックが助手になってからは、キャロルは助手の仕事から離れていた。フィーリアの教育で忙しくしていたのもあるが、アーサーが伯爵になり、伯爵夫人としての仕事も忙しくなったからだ。
キャロルは久々に見る、ダレンの仕事の顔に、何故か妙に緊張をした。それを誤魔化す様に小さく咳払いをすると、スッと背筋を伸ばし話始めた。
「確かに、今までもフィーリア目当ての不審者は居たわ。けど、すぐに捕える事が出来て、何処の誰なのか分かっていた。それが、最近現れた不審者は、今までとは違うの」
「違うとは?」
普段、明るく笑顔を絶やさないキャロルが、不安げな表情でダレンを見つめる。
「そこに居ると分かっているのに、いざ捕まようとすると、跡形も無く姿が消えるのよ」
「姿が消える?」
ダレンの表情が、僅かに厳しくなる。
「恐らく、魔力を持った者じゃないかとアーサーが言っていたわ。確かめようが無いから、そう断言は出来ないけど……」
「その者の顔を見た者は?」
「数名の使用人が見ているわ。護衛を呼びに行って戻ると、不審者はニヤリと笑って消えるというの……でも、不思議な事がひとつ」
キャロルは座り直すと、小さく呼吸を整えてから話を続ける。
「笑った事も、そこに居た事も分かっているのに、その者の顔を、誰も覚えていないの」
ダレンの眉間に皺がよる。キャロルは「とても気味が悪いわ……」と言って、自分の身体を自分の両手で抱きしめる様にして、身体を掴む。
「では、服装の特徴は? 髪色や身長など、そういった特徴はどうだ?」
「服装はマントを纏っていると。フードを被っていて、髪の長さまでは分かっていないわ。でも、そこから覗く髪は栗色だったと聞いているわ。身長は様々よ」
「様々? 複数人いるという事か?」
「現れるのは、いつも一人。だけど、見た者に聞くと、みんな印象がバラバラなのよ」
その言葉に、ダレンは目を瞠った。そして僅かに口角を上げ、すぐに真顔に戻る。難解な犯人像に、思わず挑戦的な笑みを浮かべたのだろう。両肘をそれぞれ肘掛けに立て、両手の指先を口元近くで組む。僅かに伏せられた瞳。レースのカーテン越しに入る光が柔らかくダレンを照らす。長い金色のまつ毛が影を落とし、差し込む光とダレンの元々の美しいが相まって、何とも言えない芸術的な色気が漂い、思わず見惚れそうになる。が、それも一瞬のこと。キャロルは気を取り直し、話を続ける。
「不審者が現れる場所は一箇所では無いの。屋敷の周り中よ。まるで、屋敷の部屋の内部が、どういう作りをしているかを観ているみたい。アーサーに言ったら、それは無いと言ったけど……。ダレンはどう思う?」
キャロルの問いに、ダレンは小さく顎を引く。
「そうだね。僕もキャロルの考えに近いかな。毎回違うというのは、屋敷の部屋の位置を見るだけじゃない。入りやすい場所、護衛が少ない場所、人の出入りを観察しているんだろう」
その言葉に、キャロルの不安の色が深まる。
「ねぇ、ダレン。その不審者は、フィーリアを狙っていると思?」
「可能性は高いな」
「ダレン、もしかしたら、アラグレンブル国の者にフィーリアがこの国に居る事が知られたんじゃないかしら?」
アラグレンブル国とは、元々フィーリアが生まれた国だ。その国には、魔法が存在している。
元々聖女候補だったフィーリアを、髪と瞳の色のみで【悪魔の子】と判断し、殺害しようとした国でもある。
「そうだとしたら、フィーリアはどうなるの? 連れ去られる? 殺されてしまう? 私、そんな事、絶対に嫌よ!」
両手で顔を覆い俯くキャロルに、ダレンは「しかし……」と言う。
「伯爵家の方が護衛も多いし、使用人など人が多い分、相手にとっても監視の目が多い訳だ。やはり、ここより伯爵家の方が安全だろう?」
「その逆もある。商人や取引している者を多く出入りするわ。来る者が変わっても、何処の店の者だと言われれば、入れてしまう可能性だってある」
その言葉に、ダレンは黙ったまま考え込んでしまった。
目を閉じて、唇に人差し指を当てて。ダレンが考え事をする時の癖は、今も昔も変わらない。
暫くの沈黙後、ダレンが口を開いた。
「フィーリアも、その事は知っているのか?」
「ええ……昨日、アーサーと三人で話をしたわ」
「そうか」
一つ頷き一瞬、間を開けてから、ダレンが言った。
「二週間、待ってもらえるか? こちらもフィーリアを迎える準備をする」
その言葉に、キャロルが勢いよく顔を上げる。
「ダレン!」
ダレンはサッと制止の手を突き出す。
「だが、伯爵家よりも、ここの方が遥かに安全性は低くなるのは確かだ。ウィリスを付けて欲しい。狭い場所にはなるが、部屋を空けておく。僕やエリックも仕事が入れば、常に付いていてやる事は出来ない。武力の心得がある者がいた方が少しは安心出来る。それから、時間が出来た時は、可能な限りキャロルもアーサーと一緒にここへ来てくれ。フィーリアのために。見放されたんじゃ無いと。今も変わらず君たちの子供なのだという事を、彼女の心が不安にならない為に」
その提案に、キャロルは何度も頷いた。
「わかったわ。……ありがとう、ダレン」
「いや……。礼を言うのは、彼女の安全が確実なものになって安心して暮らせると分かった時だ。ウィリスも来るとなると、男ばかりなってしまうから、フィーリアの侍女に、ここへ来れるか頼んでみてくれ。それから、僕もその不審者について調べてみよう。不審者は、どのくらいの頻度で、どのくらいの時間に現れるのか、詳しく覚えているか?」
「ええ、記録を取っているわ」
キャロルは小さな鞄から手帳を取り出し、不審者が現れた日をダレンに伝えた。
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