第43話 不審者の手掛かり
二週間後---
この二週間の内に、一度だけ例の【忽然と姿を消す不審者】が現れた。ダレンはその日のうちに一人でアワーズ伯爵家に向かい、その人物が居た場所を調べた。
だが、足跡を調べ様とすると、伯爵家の護衛達が踏み荒らしており、特定する事が出来なかった。
ダレンは「次現れたら、不審者が居た場所を歩き回るな」と不機嫌に告げて帰ってきた。それでも、何も収穫が無かったわけでは無い。
「エリック。悪いが、これを調べて欲しい」
珍しくエリックの部屋へやって来たダレンは、小さな袋を手渡した。袋を開けて中を覗いたエリックは、不思議そうな顔をした。中に破けた布が入っている。掌に納まる程度の大きさだ。
「アワーズ伯爵家の調査中に見つけた。その繊維を調べて欲しい。恐らく不審者の服かローブだろう。色からして、伯爵家の護衛達の服とは違ったからな」
その布は、この国では見かけない不思議な布だった。
エリックは手袋をはめると、慎重に布を袋から取り出す。とても薄い布で透けて見えそうなのに、見えない。色は真っ黒だが、両面の生地の性質が異なっている。どちらが裏でどちらが表かはわからないが、片面は光沢があり滑らかで、もう片面は、光沢は無くザラリとした荒い布だ。
つるりとした面を透かしてみるが、特に変わった様子もない。ただ、両面の性質が違うことに、エリックは不思議そうに布を見つめる。裏返し、ザラリとした面を透かす。
「ん?」と、ダレンが低い声を出す。
エリックは布から顔を離して「どうかしましたか?」とダレンを見た。
「エリック、もう一度、上に翳してみてくれるか?」
その言葉にエリックは即座に返事をし、先程の様に翳す。すると、ダレンがニヤリと口角を上げた。
「エリック、ちょっと見てみろ」
ダレンがエリックの立っている場所に移動すると、片手だけ手袋をし、布を翳す。
「あ!」
エリックは目を丸くし驚きの声を上げた。
「ダレンさん、これ、どういう……」
「光を利用し目の錯覚を起こしているんだろうな。僕だけで見た時には気が付かなかったが。滑らかな生地の面が内側で、このザラつく方が外側だな。恐らく不審者は突然消えたんじゃない。布を裏返しただけだったんだ」
ダレンの言葉にエリックは黙って頷く。
ザラリとした布は、光の中で鏡の様に映って見えたのだ。
「アワーズ家の屋敷の周りは木々が植っているからな。迷彩の様になって見えなかったんだ」
「何とも不思議な布地ですね……」
「ああ。魔法の類でもあるかも知れんな」
「そうですね……。魔法については、何も分かりませんが、調べてみます」
「ああ、よろしく頼む」
「はい」
部屋から出て行こうとしたダレンだったが、ふと足を止めてエリックに振り向く。
「ああ、それから。明日、フィーリアが来るから、夕食は少し豪華にしようか」
その言葉に、エリックの顔は分かりやすくパッと明るくなる。二十歳になっても、その食欲は止まるところを知らない。ただ、どれだけ食べても若いせいか太る事はない。ダレンと共に運動もしているし、十五歳の誕生日にディランから剣を貰って以来、剣を習っているせいか、ダレンよりも若干、厚みのある引き締まった体をしている。
「オレ、夕食の手伝いしますから、料理の注文しても良いですか?」
「はは! ああ、良いぞ。何が食べたい?」
「この前作ってくれた、コテージパイとローストビーフが食べたいです! あとカスタードプディングなんかは、フィーが喜びそうだなぁ」
「コテージパイは、いつでも食べられるだろ?」
「いや、ダレンさんの作ったコテージパイは最高に旨いから、みんなにも食べて欲しいんです!」
瞳をキラキラさせながら、自分が食べたい物を言うエリックの顔は、大人になっても十五歳の少年の頃に戻ってしまう。
ダレンが、それを微笑ましく思いつつ頷きながら「わかった」と返すと、また嬉しそうに笑った。
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