第20話 交渉


「教会の裏にも部下が二人控えてる。が、今のところ教会内に変化は無い」


 ダレンとディラン達は今、プラナス教会が見える位置にあるパブに来ていた。

 窓際に陣取って、酒を飲むフリをしている。ビアグラスの中身は、炭酸水にレモンを絞って入れただけのもだ。


 ここは以前、ダレンが調査のため一人で来た事のあるパブだ。亭主はダレンを覚えていた様だが、連れを見て特に声は掛けてこなかった。

 店の亭主にディランの部下が簡単に事情を説明をすると、ダレンを見て何か納得した様に意味深な笑みを浮かべた。


「それより、ダレン」


 ダレンは返事をせず、視線だけディランに向ける。


「お前、子供と契約したって? どうしたんだ。キャロルはともかく、誰であっても自分の仕事に人を付けるのは嫌がっていただろ。しかも、子供だなんて」


 ダレンは何も答えず、そっと視線をプラナス教会に向ける。


 エリックが犯人を追って捕まった事を聞いた時のダレンは、ディランでも驚く程、顔を青くして口元を震わせた。

 こんなに動揺するダレンを見るのは、過去に一度だけ。依頼任務に一度だけ失敗した。あの時以来だと、ディランは思った。


「あの子は……。いや、何でもない」

「ダレン?」


 その時、部下の一人が、教会にいる仲間からの合図に気が付いた。光が二回点滅する。


「動き出したか。行くぞ」


 ディランの言葉を合図に、ディランの部下の二人と共にダレンも立ち上がる。

 店を出るとディランがダレンの腕を掴んだ。


「ダレン。念のため、これを持っていろ。弾の予備はこれだ」


 身体で隠すように密着すると、ダレンの手に拳銃が持たされる。そして予備弾をスーツのポケットに突っ込む。

 ダレンは拳銃をスーツの内側へ素早く隠した。


「ありがとう」

「いざとなったら、使え。お前なら殺さず狙えるだろ? 大事な証人だからな。殺すなよ」

「ああ、わかってる」


 そもそも、ダレンは人を殺す気はない。それがどんな悪党であっても、だ。


「おっと、これも念の為着ておけ」


 そう言って渡された鞄の中を覗き込むと、防弾チョッキが入っていた。


「じゃあ、しに行きますかぁ」


 ディランはどこか楽しげに言うと、ステップでも踏む様に軽やかに歩き出す。


「ディラン、僕は裏へ回るよ」


 そう声を掛け、ダレンが反対通りへ行こうとすると「了解」と、声だけが背中に当たった。



***



 足音を忍ばせ、周りを注意する。

 車が一台、教会の裏に停められている。中には運転手のみが居る様だった。


 ダレンは辺りを素早く確認し、ゆっくりと車に近付く。


「こんばんは、運転手さん。これ、貸出車?」


 窓を開けて煙草を吸っていた運転手は、いつの間にか運転手側のドアの前に立つ男を驚きながら見上げた。


「なっ! 何だ兄ちゃん! この車は専属車だよ! 分かったら、さっさとどっか行きな!」

「そうなんですか? 専属なのに賃金表や釣り銭箱がありますね? 本当に専属?」


 運転手は慌てて賃金表を剥がし、箱を隠す。今更の行動だが、この男は根っからの悪では無いのだと、ダレンは思いつつ、一瞬背中を向けた運転手の口を押さえた。顳顬こめかみに銃口を当てがうと、運転手は動きを止めた。


「静かに。そのまま動かないでくださいね。うっかり引き金を引いてしまう」


 運転手は黙ったまま必死に頷く。


「この車に乗っていた黒髪の少女と赤茶色の髪の少年は、この教会の中? はい、なら縦に。いいえ、なら横に」


 首は縦に振られる。


「二人に怪我は無いか?」


 もう一度、縦に。


「貴方がここに居るという事は、今から何処かへ向かう為の待機?」


 一瞬、間があったが縦に頷く。


「港へ行くのかな?」

「…………」

「どうした? 脅されてるのか? 僕も今、脅してるけど。銃口を向けられるより、怖いこと?」

「…………」


 運転手はガタガタと震えるだけで、返答が無い。ほんのり硫黄の臭いが漂い、ダレンは運転手の股間に目を遣る。薄暗いが、街灯の明かりが僅かに当たっているおかげ、運転手のズボンが濡れているのが見えた。


「まぁ、いい。子供達がまだここに居ると分かれば。今から言うことを、よく聞け。今、この教会はに監視されている。下手すれば、貴方は死刑だ。だが、僕に協力をすると言うなら、僕は貴方が死刑にならない様、最大限の力を貸す。今から手を離す。叫ぶなら即死だ。だが、協力するなら静かに。いいね?」


 運転手は何度も小刻みに頷く。

 ダレンはゆっくりと手を離すと、銃口はそのままに運転手に訊ねる。


「子供達を港に運ぶんだな?」

「……ああ」

「子供が何人居るか聞いたか?」

「……ろ、六人だと、聞いてる。だが、全員は乗せられない。だから、三度に分けて行く事になってる」

「犯人は何人いる?」

「……全部で八人と聞いてる……」


 八人。パブで聞いた人数より二人多い事に、ダレンは僅かに目を細める。


「男が何人で、女が何人か分かるか?」

「あ、ああ……。お、男が七人だ。そのうちの一人は、修道士で……女が一人と聞いている」


 その言葉に、ダレンは「なるほど」と、ひとつ頷いた。


「どう乗り合わせて港へ行くか、聞いているか?」

「こ、子供二人、大人二人を二度……さ、最後に、子供二人と大人三人で、港へ向かう事に……なってる……」


 大人の人数が一人足りないという事は、修道士が教会に残るという事かと、ダレンは頭の隅で考える。そして、ダレンは運転手からゆっくり拳銃を離すと、運転手に語りかけた。


「さっき僕が言った事は本当だ。ここは警察が囲んでいる。君の車の後を追跡する車も。変な気を起こして犯人と手を組む事を選ぶのであれば、僕は確実に君を撃ち抜く。だが、僕の言う通りにするなら、さっき言ったことを守ろう」

「……死刑は……免れる、のか……?」

「ああ。それは約束する。だから、今から僕の言う通りに動くんだ」

「ど、どうすれば……」

「まずは犯人に疑われない様、指示通りに動くんだ。港に近くなったら、船の近くではなく、少し離れた場所に停めろ。何か言われたら……」


 ダレンは運転手に指示をすると、車から離れた。



♢♢



 ダレンはディランの部下を見つけて、大股で近寄る。


「犯人は全部で八人。三回に分けて港へ向かう。そこで現行犯として捕まえてくれ。犯人の中に修道士が一人いる。そいつはここに残ると思われる。運転手は犯人の言う通りに動くが、巻き込まれただけの人物だ。逮捕しても死刑にはしない様に」

「分かりました」

「僕は先に港へ向かうと、兄に繋いでくれ」

「了解です。誰か一緒に付けますか?」

「いや、一人で行く。どうせ港にアーサーが居るだろ?」


 ダレンがそう言うと、ディランの部下が苦笑いをした。


「文官のくせして何やってんだ、あの人は……」


 ダレンが呆れて言えば、ディランの部下は苦笑いのまま言った。


「キャロル様を泣かせた奴は許さないと、犯人は自分が港で一網打尽にすると息巻いておりました」

「……わかった。とにかく、向こうで落ち合おう」

「はい。ダレン様、お気を付けて」

「ああ」


 ダレンは身を屈め足音を忍ばせながら、その場を離れた。

 

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