第19話 兄貴
「まだ日が高い。表通りだと人目につくな……。おい、運転手。教会までの裏道は知ってるか?」
「はい、わかります」
「なるべく人通りの少ない道を通って行ってくれ」
リーダー格の男が運転手に向かって言うと、運転手は「はい」と短く返事をし、途中から大通りを外れ、舗装されていない裏道を使いプラナス教会へと向かった。
狭い車内。
運転手の隣には女が座り、その足元に一番身体の小さな男児が震えながら丸まって収まっている。
後部座席には、リーダー格の男。その男に後ろから抱き抱えられる様にフィーリアが終始嫌そうな表情で座っている。真ん中にエリックが。その両手を、隣りに座るもう一人の男に後ろ手に抑え付けられなが座っている。
エリックは、どうにか逃げ出せないかを必死に考えていた。だが、運転手を含めて大の大人が四人。エリックはまだ成長期真っ只中で身体が細く、力も大人には敵わない。その身体で、男児とフィーリアを連れて逃げ切れる自信がなかった。だが、どうにか逃げ出さなくてはいけない。
何より、フィーリアだ。
先程からリーダー格の男に両手首を片手で捕まれ、髪や肩、腹を撫でられている。声無く小さな抵抗を必死に続けているのだ。
「妹に触るのをやめろ!」
リーダー格の男は「あ゛ぁ?」と汚い声を短く上げ、横目でエリックを見遣る。
ニヤリと片方だけ口元を上げると、その手をフィーリアの胸元へ持ち上げ様とした。エリックは目を見開き、思い切り男の脛を蹴りつける。
「この糞ガキ!」
リーダー格の男がエリックの髪を鷲掴みすると、助手席に座る女が「いい加減にしな!」と怒鳴る。
「
「馬鹿言ってんじゃないよ」と、女は笑いながら言うと、エリックを拘束してる男も低く笑った。
エリックは奥歯をギリッと噛み締めた。ふと、フィーリアを見ると彼女もエリックへ視線を向けている。不安げな瞳にエリック小さく口を動かしてみせた。
『かならず、たすける』
伝わったのか、フィーリアは小さく頷き前を向いた。
***
ダレンが王都の中央に着いた頃、空は随分と赤く染まっていた。冬に近づくにつれて日が暮れるのが早まり、まだ三時過ぎだというのに、空は夜に向けて準備をしだす。
息を切らせプラナス教会近くに来ると、聞き覚えのある声がダレンを呼び止める。
振り向けば、そこには軽装をした男が一人。その後ろに、数名の見覚えのある男が立っていた。
パッと見は、気の合う仲間と仕事帰りに飲みに行こうとしている若者の集団、といったところか。
「……なんで、ここに?」
ダレンは自転車から降りて、男を見る。
声を掛けて来た男は、ダレンとよく似た髪色だが癖があり、ダレンよりも少し明るい碧い瞳を持っている。ダレンの中性的な美しさとは違い、
自転車で長距離漕いで来た疲れで髪はボサボサ、顔には疲労が見えるダレン。男はニコニコと笑顔でダレンの前に立つと、そのボサボサの髪を整える様に撫でる。
普段であれば、その手を速攻で払っているが、今は疲れもあってか、それとも諦めからか。そっと退かすに止める。
「キャロルから連絡があった」
そう言うと、グッと身体を近づけてダレンの耳元で話をする。
「怪しい船が今朝から岬に停泊していると情報がある。恐らく、今夜にでも動きがあるだろう」
「そうか」
「ところで、ダレン」
男は少し身体を離すと、ダレンの顔を真剣に覗き込む。と、瞬間、破顔し「久しぶりぃ!!」と抱きついた。
「ッ! 離せっ! ディラン!!」
ディランと呼ばれた、この男。
ディラン・マイルズ次期侯爵。二十七歳。
現在、近衛部隊に所属している、ダレンの実の兄である。彼の後ろに居る男達は彼の職場の同僚達だ。
ディランは近衛部隊として王室警備を行っているが、それは表向きの顔。裏の顔は、王室の隠密として反体制派の動きを探り情報収集を行い、時には人知れず制圧する。公にはされていない、秀でた才能を持つ者だけが集められた、特殊部隊の隊長である。
「今回の件、本当はお兄ちゃんの部隊が調べた情報だったんだ! だけどお兄ちゃん、大好きな弟がちゃんと食べていけるか心配で、沢山お金くれる王女様にお願いしたんだよ? 褒めて、褒めて!」
ダレンは、ビクッと身体を強張らせる。そんな事だろうと思っていた。
「やっぱり!! ふざけるなっ!! 誰が褒めるか! アホ兄貴!!」
ダレンは全力でディランを引き剥がそうと腕に力を込める。が、鍛え上げられたディランの身体が、そう簡単に剥がせるわけもなく。
ダレンが踠けば踠くほど力が込められ、首が締まる。
ダレンはディランの背中をバンバン叩いたが、その力は緩まない。それを見たディランの仲間が、仕方ないと言わんばかりに苦笑いをしつつダレンを救出するのであった……。
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