第21話 救出


 もうすっかり暗くなった空の下。

 人の通りも少なくなり、馬車はあるが貸出車は殆んど見当たらない。そんな中、一台だけ見つけてダレンは駆け寄った。

 もう今日は店仕舞いだと言った運転手に向かって「すまない、急いでいるんだ。港まで頼めないか。金は弾む」と金をチラつかせると、運転手はコロリと態度を一変させた。


 港に着くと、約束通り通常の金額に倍の金を渡すと、運転手はホクホク顔で「またいつでも御贔屓に」と言い去って行った。


 ダレンは港に居る筈のアーサーを捜しつつ、ディランから聞いていた怪しい船がある位置へ慎重に近寄って行った。倉庫が並び立つ細い路地裏を抜けていく。


「アーサー」


 後ろから囁く様に声を掛けると、アーサーと特殊部隊で見掛けた事のある二人の男が振り向いた。


「ダレンか。先程から、動きがある。やはり今夜出港するつもりだろう」

「ああ。今から犯人が三度に別れて貸出車で此処に来る。運転手には、船から少し離れた場所に停まる様に伝えてある。犯人は全部で七人。子供は六人だ。その内の二人の子供は、僕が救出する。黒髪の少女と赤茶色の髪の少年だ。それ以外の子供を頼む」

「了解。運転手は犯人の仲間じゃないのか?」

「犯人に脅されているだけだ。交渉した。命は惜しいだろう。僕を裏切らないと思うよ。船の方は何人居るか分かってる?」


 ダレンが船に目を向けながら訊く。


「ああ、全部で八人だ。だが、船にいつでも乗り込める様に、向こうにも警邏隊が張ってる」


 さすが準備がいい。そんな事を話していると、一台の貸出車がダレン達の隠れている倉庫近くで停まった。


「来たぞ」


 降りて来たのは、男が二人、子供が二人だ。ダレンは、エリック達では無いと分かると、アーサーに目配せする。

 子供は怯えながら男達にそれぞれ手を引かれ、歩き出す。


「行くぞ」


 アーサーの言葉を合図に仲間の二人が短く返事をし、犯人に向かって駆け出した。




♢♢



 二回目の捕物にも、エリック達は乗って居なかった。ダレンは最後の車を静かに待った。

 ディラン達が合流し、先に捕らえた犯人を連れて行く。

 船は時間になっても仲間が来ない事に、何か不審に思い始めたのか、僅かな動きがあった。

 アーサー達が船の方へ向かうと言い動き出すと、貸出車が倉庫近くにやって来た。最後の送迎だ。これにエリック達が乗っている筈だと、ダレンは神経を研ぎ澄ます。


 ゆっくりと停まる。

 ダレンは銃を構え、動きを観察した。


「降りろ」


 ダレンが朝に追った時に居た男だ。

 男に二の腕を乱暴に掴まれ顔を歪ませる黒髪の少女。その後に、エリックが他の男に後ろ手に拘束された状態で降りた。ついで、別の男が辺りを警戒しながら降りる。


「エリック! 動くなよ!?」


 声に驚き全員が振り向いた。

 エリックは目が飛び出すのでは無いかというくらい、大きく見開き声の主を見る。


 銃を構えたダレンが、エリックに向かって撃つ。

 エリックは身体が硬直して動かないでいると、手を拘束されていた男の手が離れたのがわかった。エリックの両手首を掴んでいた男が、エリックの足元に崩れ落ちる様に疼くまる。抑えている手から、血が溢れ出ているのが分かったエリックは一瞬、頭の中が真っ白になった。だが、次の瞬間。


「エリック! 彼女を連れて走れ!!」


 その声がエリックの身体にスイッチを入れた。瞬時にエリックは少女の手を取りダレンに向かって走り出した。


「なっ!!」


 少女を掴んでいた男がダレンに向けて銃を構えようとしたが、その銃はダレンが撃った銃声と同時に、男が構える前に地面に転がり落ちる。


「こっちだ! エリック、走れ!」


 ダレンはエリックから少女を受け取り抱えると、走り出した。やけに軽い少女に、本当に生きている人間なのかと、頭の隅で思いながら……。


「待て!! 逃がすか! お前ら! ボサっとしてないで追いかけるぞ!!」


 銃声が響き渡る。

 ダレンは振り向き、銃を撃つ。

 エリックがダレンと少女を気にして振り向くと、ダレンはエリックに大声で指示する。


「エリック! こっちは気にせず、全速力で走れ!!」

「はい!!」


 ダレンは走る速度を上げたエリックを隠すように真後ろを取って走り、一度振り向き、銃を撃つ。

 その弾は、ダレンの狙い通り撃ち抜いていき、これまで一発も外していない。


「おじさん、魔法使いなの?」


 銃声が響く中、不釣り合いな可愛らしい声に、可愛いらしい質問。

 ダレンは普段は出さない様な声を上げ、普段言わない様な口調で問い返す。


「はぁ!? 何言ってんだ!?」

「だから、おじさんは魔法使いなの?」


 再び問いかけられ、ダレンは走りつつも一瞬、少女に視線を向けた。

 金色と緑色が入り混じった不思議な色の瞳が、キラキラと輝きながらダレンを見つめている。その隙をつかれたか、ダレンの頬を弾が掠めた。

 ダレンは舌打ちをし、直ぐに視線を敵に向け、銃を撃つ。そして……。


「僕は……。魔法使いじゃなく、探偵だ。それより何より、僕は……」


 銃声が二発連続して響くと、ダレンが初めて立ち止まった。

 追って来る者は、もう居ない。


 少し先の通りには、男が三人。地面に横たわり呻き声を上げている。


「僕は、おじさんじゃ、ない!! ! だっ!!」


 下ろされた少女は頭上から降り注いだダレンの叫びに、驚きながら見上げた。

 

「ダレン!」


 声に振り向くと、ディランが駆け付けた。


「大丈夫か!?」

「ああ。ディラン、アイツらを頼む」

「ああ」

「僕は、この子と男の子を連れて一旦、家に帰る。報告は明日の朝に」

「了解。ダレン」


 少女を抱え直し、歩き出したダレンにディランは声を掛ける。振り向いたダレンに、ディランはニヤリと笑いダレンの肩を二度叩いた。


「よくやった。殺さないでくれて、ありがとうな。さすが、俺の弟」

「……どういたしまして」


 ダレンは、ふぅと息を吐いて歩き出した。


 長い一日だった。

 いや、まだ終わっていない一日だ。

 今から家に帰れば、恐らくキャロルが待っているだろう。長い長い一日は、まだまだこれからだと、ダレンは憂鬱な気持ちになり、再び大きな溜息を吐くのであった。


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