第71話 三人の監視


 時は少し戻り……。

 東の居留地・雑貨屋前近くの路地裏---


「なぁ、これからオレら、どこに暮らせばいいんだろ……」


 いつもなら、弱音など吐くことはないジョーが言った。


「貯金も、全部燃えちゃったもんな」と、イオが膝を抱えて言う。

 アゼルは二人の横顔をチラリと見て、すぐに正面に見える店を見つめる。


「……オレがどうにかする。今は、雑貨屋のオッサンに注視することだけを考えよう」

「どうにかするって、アゼル、何かアテがあるのかよ?」

「イオには内緒」

「なんだよそれぇ!」


 一番小さな弟分の頭を少々乱暴に撫でると「ほら、店に注意してろ」と言い、再び正面を見る。



 自分達が住むアパートが、あっという間に炎に包まれて燃え広がった。


 暫く時間がかかるだろうと、アゼル達は互いの小銭を数え合い、アパートから少し歩いた先にある居酒屋へ向かった。ダレンの料理は美味かったが、少し物足りなく思っていた三人は、持ち金の範囲内で注文をした。

 塩気の強いタレをたっぷりと纏った串焼きを頬張って、アゼルとジョーは酒を飲み、イオはオレンジジュースを飲んで時間を潰していた時だった。店の外が騒がしくなり、火事だという声に、アゼル達は急いで外に出る。自分達のアパートの方面から人が逃げてくる。反対に水の入ったバケツを運ぶ人々がアパートの方面へ向かっている。

 三人は急いでアパートへ走って行けば、自分達の住むアパートが燃えていたのだ。

 当然、三人は急いでトバリを探した。すぐに人混みの中でも一際背の高いダレンの後ろ姿が見て取れて、急いで近寄り、トバリが無事だったことに心底安心をした。

 その時、ダレンが三人に言い渡したのは、雑貨屋の亭主であるアゴーという男の監視だった。


「アゴーのオッサン、本当にトバリさんを殺そうとしてるのかな」


 イオが両膝を抱え、雑貨屋を見つめて呟く様に言う。

 雑貨屋の二階は店の亭主の住居となっている。一階の店の電気が消えるのを見て、アゼルが少し姿勢を高くして様子を伺う。


「そんなのわかんねぇけど。でも、きっとあの探偵のオッサンは、トバリさんと会話して気が付いた事があったから、オレ達に監視しろって言ったんだろうから。オレ達はオレ達に与えられた仕事をキッチリやってやろうぜ。そんで探偵のオッサンから報酬をガッツリ貰ってやろうじゃねぇか」

「だな。新しい部屋も見つけねぇとだし。今は目の前の仕事をキッチリやって、金稼がねぇと」


 気怠そうに座っていたジョーが、すぐに動ける姿勢に座り直すと、イオもそれに習って「おう」と言いながら座り直す。


 アゼルは小さく笑みを浮かべると、店に視線を向けた。


 どのくらい、そうしていたか。夜明けが近づく頃、店の二階に明かりが灯る。


「おい、二人とも起きろ。アゴーが動き出したぞ」


 いつの間に眠ってしまった二人を揺すり起こす。眠たげではあるが、すぐに起き上がった二人はアゼルと共に店の様子を伺った。もう冬はとうに過ぎたとはいえ、まだ明け方は冷える。

 三人は自然と身を寄せ合い、手で身体を擦る。徐々に空の色が明るさを増し始めた頃、辺りは深い霧に包まれていく。近くに川があるせいか、その霧はほんの先ですら見えずらくさせていた。


「アゼル、アゴーだ」


 小声でジョーが指した先に目を向ければ、裏口から男が出て来たのが見えた。


「尾けるぞ」


 アゼルが動き出すと、二人は黙ってその後を追った。

 一定の距離を保ちつつ、時々物陰に身を隠し後を追う。

 辿り着いた先は王立公園の入り口。

 入り口近くに車が一台。ゆっくりと車がアゴーに近づき、アゴーは何やら運転手と話をしてポケットから分厚い封筒を出して手渡した。

 運転手は中を確認すると、車から降りて鍵をアゴーに手渡す。お互い握手をし、運転手はどこかへ行ってしまった。


「アゼル、探偵のオッサンに伝えに行った方が良くない?」


 イオが囁く。三人は木の陰に身を寄せ、この後をどうするかを話出した。


「イオ、お前が一番足が速い。頼めるか?」

「うん」

「オレとジョーはアゴーを追う。何かあれば、ジョーが繋ぎに走る。いいか?」

「わかった」

「じゃあ、オイラ行くね」

「気を付けろよ」

「うん」


 イオが様子を見るために顔を出すと、ハッと息を飲む音がした。


「アゼル、アゴーが消えた!」

「え!」

「お前達、こんな所で何やってんだ」


 背後から聞こえた声に三人は素早く振り向く。と、同時に目の前が真っ暗になる。


「……!!」


 顳顬こめかみに激しい痛みを伴って、三人は順にその場に倒れ込んだ。

 


♢♢



 呻き声を上げて目を覚ましたアゼルは、目を擦ろうとしたが、自分の手が後ろで縛られている事に気が付いた。


「クソッ! 足もかよ!」


 踠きながら辺りを見回す。見慣れた執務机が見え、ここが王立公園内にある【管理棟】と呼ばれる庭師専用の事務所兼倉庫だとわかった。部屋の様子からして、ここは二階の事務所だと気が付く。アゼル達はもっぱら一階の倉庫しか使わない事もあり、二階は時々日報を提出するのに来るくらいで、部屋にしっかり入るのは今回が初めてだった。といっても、自ら進んで入った訳でもなければ、手足を縛られ、無理矢理入れられただけだが。

 窓の外は、だいぶ明るくなっている。その空色を背景に、ふと灰色の筋のような物がゆらゆら揺れて見える。


 僅かに、鼻を掠める煙の匂い。


「火事か!?」


 アゼルは急いでどうにか起き上がると、縛られた両足を動かし、ジョーとイオを爪先を使って起こす。


「おい! ジョー、イオ! 起きろ! 燃えてる! 死ぬぞ!」


 二人は唸り声を上げ、目を覚ます。

 自分が縛られている事に気が付いたジョーは、身を捩りながら起き上がった。


「クッソッ! あのジジィ!! 解けねぇ!」

「どうすりゃいいんだ……早くしないと、ここも直に燃えるぞ……!」


 苛つくジョーとアゼルの会話に、イオがモゾモゾと動いて「待って」と呟く。


「オイラの縛りが緩いみたい。外れそう……」

「行けそうか!?」


 そうアゼルが問いつつも、自らの紐を解こうと手首を捻る。イオは眉間に皺を寄せ、床の一点を見つめながら集中している。


「解けた!」

「よしっ!」

「よくやったぞ、イオ!」


 その間、火の手が広がり出したのか、煙の匂いが強くなってきた。三人は咳き込みながら身を低くする。

 イオが二人の紐を解こうとナイフを探す。


「急げ!」


 一階の窓ガラスが爆ぜる音に三人がビクつき、もう終わりだと思った時。


「誰か居るか!?」


 激しくドアが蹴り破られる。


「子供、三人発見!」

「ダレンが言っていた子供達だ! すぐに救出!」

「はっ!」


 小屋の外で男達が声をかけ合い、消火する音が響く中、三人は体格の良い男達に助けられた。


「大丈夫か!?」


 小屋から離れた場所へ運ばれ、咳き込む三人を前に一人の男が跪き顔を覗き込む。アゼルが数回縦に首を振る。


「誰に閉じ込められたか、分かるか?」

「……ああ、わかる……」


 顔を上げれば、目の前には癖のある金髪の髪に青い瞳。つい最近、見かけた色合い。だが、アゼルが知るその男よりも男らしく容貌魁偉ようぼうかいいの男を見つめ、息を刻みながらいう。


「アゴーが……雑貨屋のアゴーだ。探偵に、監視を頼まれて……」

「そうか。わかった。もう大丈夫だ。詳しい話は、君たちが落ち着いてから聞く。ひとまず、傷の手当てからだ」


 男が他の男に声を掛ける。指揮官なのだろう、男の指示で数名の男達がそれぞれに動きだした。


 アゼル達は、徐々に落ち着いてきた呼吸を、深く吐き出した。

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