第72話 王立公園へ
再び、時を少し戻し。ダレンは---
トバリを部屋に残し、娼館の受付にいるスチュワートにトバリの監視を頼むと、ダレンは受付奥にある事務所に入り電話を掛けた。
まずはアーサーに。
彼も慣れたもので、ダレンが詳細を説明する事なく用件のみ手短に話をするだけで、すぐに了承をし電話を切る。
続けてアルバス公爵家に掛けた。
「エリック、すまなかった」
『ダレンさん、今、ディラン様の部下の方々がクロエ嬢の行方を探しています』
「彼女は監視の目をどう潜った? 誰も止めなかったのか?」
公爵家の護衛はもちろん、ディランの部下達の監視を令嬢がどうすり抜けたのか。
『いえ。それが、恐らく彼女が通ったと思われる場所は、誰も警備をしていなかった箇所でした。子供が一人通れる程の抜け道がありました。エドガーさんが言うには、子供の頃に何度かそこから屋敷を出て、外へ遊びに行っていたとか。オレ達は狭過ぎて通れませんが、彼女であれば通れそうな感じで』
なるほど、と頷き先を促す。
『付近を捜索をしている中で、早朝に近くの馬車乗り場で見たという者が居ました。王立公園へ行きたいと伝えていたと聞いた者も居たと情報があり、乗せた馬車を探している最中です。時間としては、クロエ嬢専属の侍女が居ないと気が付いた時間から、見かけたと言われる時間差は一時間も経っていません。昨晩、クロエ嬢の具合が良くなく風呂に入らず寝たとの事で、学園へ行く準備のために風呂の準備をし、早めに起こしに行ったら居なかったと。とりあえず今、ディラン様の部下の方達が公園へ向かっています。ただ、気になる事が一つ』
「なんだ?」
『クロエ嬢の手には、手紙らしき物が握られていた様です。何の手紙であったか定かでは無いでが、呼び出しされたとしたら、危険です』
雑貨屋が動いたのか。
ならば、アゼル達から繋ぎが無いのはおかしいと、ダレンは表情を険しくする。
アゼル達には、雑貨屋の亭主の監視を頼んでいた。もし、外出するような動きがあれば、ダレンの家に連絡する様に伝えてある。そしてウィリスには、警察への連絡と同時に、アワーズ家のキャロルへ繋ぐ様にと伝えてあるのだ。
先程のアーサーの電話の様子から、何か連絡があった風では無かったら。ダレンは「わかった」と、心無しか急いだ口調で返事をする。
「僕もすぐ公園へ向かう」
『ダレンさん。クロエ嬢は、自分で手紙の犯人に会って話をしようとしています。これは、フィーリアから聞いた話ですが、やはり彼女はあの手紙を誰が書いたか気が付いていました。フィーが聞いた話によれば、それは彼女の恋人との事です』
「この件の犯人は、彼じゃない。彼は利用されているだけだ。彼女のいう恋人は、トバリのことで間違いない。僕は昨晩からトバリ・ソーヤと共にいる。彼も命を狙われている。昨晩は僕も一緒に狙われたくらいだ」
ふっと皮肉めいて鼻で笑い言い放つダレンの言葉に、エリックの心臓が一気に冷え上がる。そのエリックの震えが耳越しに届く。
『ダレンさん! 大丈夫なんですか!?』
「安心しろ、怪我もなく無事だ。今、娼館で匿っている。ここなら安全だからな」
落ち着かせるように、ゆっくりと言う。それを聞き、深く息が漏れる音が届くと、ダレンは声を落として本題に入った。
「その呼び出しの手紙とやらは、本物の犯人からだ。エリック、エドガー殿にはまだトバリの事は伏せておいてくれ。それから、そこから動くな。どこで誰が見ているか分からない。エドガー殿が危険だ。彼を守るんだ。いいな?」
『了解です。でも、エドガー様には何と』
「ひとまず、僕やディランが王立公園へ向かっている事だけ伝えておいてくれ。昼前には、必ず連れて帰る」
『わかりました。気を付けて』
「エリックも。気を引き締めろ。この隙をついてエドガー殿を狙って来るかも知れ無いからな。頼んだぞ」
見えない敵に対し、漠然とした不安があったエリックだが、ダレンの言葉に背中を押されて気合いが入る。『はい!』と太く勢いのある返事を聞き、ダレンはニヤリと口角を持ち上げ電話を切った。即、ディランへ電話を掛け、王立公園へ至急向かう様に伝え、子供達とクロエの捜索協力を仰ぎ事務所を出る。
受付に居るスチュワートにアーサーがトバリを迎えに来る事を伝え、娼館を出た。
通りを走り、大通りへ出る。貸出車を探したが見当たらず、流し馬車に行き先を伝え飛び乗る。
「急いでくれ。金は弾む」
御者は「承知しました」と短く返事をすると、馬車を飛ばした。
クロエに対しての心配もあったが、アゼル達のことも気になった。クロエに届いた手紙は、恐らく雑貨屋からの手紙だ。それが昨日の時点で届いた。アゼル達が監視についたのは、陽が沈んでだいぶ経ってからだった。手紙がいつ届けられてらたのかにもよるが、もし雑貨屋に気付かれて捕まっていたとしたら。そう考えると、胸の奥に焦燥感が渦巻く。膝の上で拳を作る。落ち着けと、自分に言い聞かせて。
「間に合ってくれよ……」
朝靄の煙る静かな街を、王立公園へ向かい蹄の音が響き渡る。
「旦那」
「なんだ」
と、顔を向ければ御者は前を向いたまま、低い声で問うた。
「王立公園っても、あの馬鹿でかい公園のどちら側へ向かえば宜しいんで?」
生真面目な顔をした御者の問いに、ダレンはピタリと止まった。
王立公園は、この国一、広大な敷地面積を誇る公園だ。五つの地区が隣接しており、ダレン達がジョギングで使用している場所は、公園のほんの一部。公園内にはレストランやカフェ、貸出自転車店などもあり、徒歩で一日を回り切るのは難しいとも言われている。
自分が思っている以上に焦っているのかも知れない。御者に言われるまで気が付かなかった自分が情け無いと思いつつ、瞬時に脳内の記憶を巡らせる。
トバリがクロエと出会ったのは、噴水がある場所だと言っていた。噴水がある場所は三ヶ所。その内、東の居留地から近い入り口から行くと考えた時、またはアルバス公爵家から近い入り口で、かつ噴水に近い場所は。或いは、その両方の中間にあるのは。
「南の入り口へ向かってくれ」
「承知しました」
低く返事をした御者は、馬を鞭で叩き、速度を上げた。
そんな中、ダレンは自分のミスにハタと気が付き、御者の隣で頭を抱える。
「旦那、どうなされました?」
「いや……大丈夫だ。とにかく、急いでくれ」
果たして、ディランは大丈夫だろうか、と。
王立公園としか指定しなかった自分に苛立ち、呻きながら両手でガシガシと頭を掻く。
突然、隣で呻き激しく頭を掻く男に、御者は声も無くギョッとする。そして、何も見なかった事にしようと思ったのか、馬車の速度が増したのだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます