第60話 クロエの告白
どのくらいそうしていたか、クロエが瞳を開いた時には、すっかり顔色が良くなっていた。
「とても不思議。本当に気持ちが良くて、このまま眠ってしまいそうだったわ」
ふふふと、笑いながら言うクロエの初めて見せる心からの笑みに、フィーリアも嬉しくなって満面の笑みを浮かべる。
「今後も、不安な気持ちや寂しい気持ちになったら、こうしてオークの木に抱きついてみてください。オークの木が、クロエ様の心を優しく包んでくれて、安らぐ事が出来ますよ?」
と言えば、クロエは驚いた様に目を見張り、そして再び柔らかな微笑みでフィーリアを見つめ「ええ、そうするわ」と、頷いた。
二人はそのままオークの木の下に座って、幹に背中を預けた。
「フィーリアさん、ありがとう」
フィーリアは小首を傾げ、クロエの横顔を覗き込む。
「貴女と知り合って、まだたった二日間なのに。何だか、とても不思議なくらい。私、こんなにも心安らぐ人と出会えたのは、貴女が初めてよ。木の幹に抱きつくなんて、子供の頃以来。不安だった気持ちが、こんなにも穏やかで温かな気持ちになれるだなんて。昨日だって、貴女が手を取ってくれた事で、私の気持ちが穏やかになれた。ありがとう。フィーリアさん」
その言葉に「いいえ」とゆるゆると首を横に振る。
「あの……。クロエ様? 先程の物語の『ヒルドー』という旅人は、どこの国の者なのか、書かれているのですか?」
「いいえ、それについては書いていないわ。ただの旅人というだけで」
「……ヒルドーという言葉は【ツバメ】という意味があります」
「そうなの? 初めて聞くわ。どこの国の言葉なのかしら?」
「遠い昔に滅国したと言われる、魔法大国ベルリバードという国です。その国で使われていた言葉だと……以前、その……本で、読んだ事があります。……もしかしたら、その旅人はベルリバードの魔法使いだったのかもしれませんね……」
「ベルリバード……子供の頃に聞いたことがあるわ……。私、てっきりその国も御伽話の世界だと思っていたわ。本当に実在していたということかしら?」
「どう、なのでしょうか……本があったという事は、実在していか……もし、御伽話を書いた作者が実在していたかの様に本を書いていたのなら、それはそれで、その作者はすごい想像力ですね」
「ふふふ。そうね、すごい想像力ね」
二人は笑ったが、フィーリアは知っていた。ベルリバードが実在していた国である事を。
ベルリバードは、五百年前まで本当にあった国だ。フィーリアの祖国であるアラグレンブルと友邦国であった為、フィーリアの国の言葉にはベルリバードの言葉の名残りがまだあった。
ベルリバードが滅国した理由は、当時の国王の【魔力の暴走】であったとされているが、国そのものが一夜にしてすっかり消えて無くなった事により、それが本当かどうかは定かでは無い。
国の存在を隠すアラグレンブルとは異なり、ベルリバードは自国の存在を消す事はなく、寧ろ、その存在を知らしめようとしていた国だ。その国があったという事は、調べようと思えば文献はいくらでも出て来るのだ。だが、魔法が無い国からすれば、クロエのように文献があったとしても「御伽話」で片付けられる事は多いのだろうと、フィーリアは思った。
フィーリアは、そっと目を伏せ自国を思い出していた。が、その思い出巡りも、クロエの呼び声ですぐに掻き消された。
「フィーリアさん」
「はい」
顔を上げクロエに向く。クロエの横顔は、何かを決意したかの様に強さを感じる。
「クロエ様?」
膝の上でグッと拳を握り一つ頷くと、クロエは身体ごとフィーリアに向いた。
「フィーリアさん。私、今回の依頼の件で、分かった事がありますの」
「え……」
突然の申し出に、フィーリアは大きく瞳を見開いた。
「今回の件は……もしかしたら……いいえ、もしかして、何て違うわ」
まるで自分の心の声と葛藤しながら話すクロエの言葉に、フィーリアは黙って耳を傾けた。涙を浮かべているが、流さない様に耐えるために、クロエの愛らしい顔が歪む。ひとつ息を吐くと、力強い瞳を向けた。
「私、貴女に結婚したい人がいると、話したわね」
「……はい」
「今回の件、彼が犯人だわ」
「え!?」
クロエの告白に、フィーリアはこれ以上に開かない程、瞳を大きく見開いたのだった。
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