第59話 御伽話


「立派なオークの木ですね」


 庭に出て暫く二人は黙ったまま歩く。風が無く、穏やかな陽射しが庭の花々を煌めかせる。

 フィーリアは、まだ近く無いオークの木を見て呟く様に言った。

 サロンで見た時に、微かに感じた妖精の気配。この国へ来てから、今までフィーリアの行動範囲で妖精がいた場所は、カリッサ教会の近くにある湖だけだ。


(この庭は、とても大切に育てられているのだわ。暖かくて優しい気配がする……懐かしい気配……)


「あの木は、この公爵家が建てられるずっと前からあったそうよ。御伽話にも出てくる木なの。読んだ事ないかしら? 【イリースライアとヒルドーの魔法使い】という本」

「いえ、初めて聞きます……。ごめんなさい」

「そう。とても古い物語だから……。なかなか本も無いから、知らなくても仕方ないわ」


 フィーリアが知らないことを責めるでも無く、寧ろ擁護する様に微笑むクロエに、フィーリアは「どういった、お話なのですか?」と訊ねた。


 二人はゆっくりとした足取りで、オークの木へと向かい歩き出す。クロエは決して顔色は良く無いが、優しげな笑みを浮かべ、御伽話を語り出した。


「遠い遠い昔。レイルスロー王国に、魔法があったと言われる時代。この国に、イリースライアという男が居たの。男は自分の魔力が豊富なことを良いことに、悪さばかりしていたの。ある時、どこからとも無くやって来た旅人に『お前の魔力は邪悪なものにまみれている。その魔力は、いつかその身を滅ぼし兼ねない。お前に魔法の扱い方を教えよう』そう言って、彼に魔法の使い方を教えたの。イリースライアは、ヒルドーと名乗る旅人を、とても信頼していたわ。だけど、ある日。そのヒルドーが、実は悪い魔法使いだという事を知る出来事があったの。そして、イリースライアが教わっていた魔法が、実は彼の魔力を封じ込めるための物だったと知った。イリースライアは、ヒルドーに問い詰めたわ。そしたら、ヒルドーは『この国を滅ぼすためにやって来た』と答えたの。それを聞いたイリースライアは、その膨大な魔力を使ってこの国を守るため、彼と戦う決意をしたの。イリースライアは自分の力だけでは、ヒルドーに勝てない事を知っていたわ。なぜなら、既に一部の魔力が封印されてしまっていたから。だから、精霊達に力を借りて、この国に結界を張ることにしたの。彼は結界を張るため、この国に居た水の精霊、土の精霊、火の精霊、風の精霊、山の精霊、そして木の精霊に、自分の魔力と引き換えに、この国を護るための結界を共に作って欲しいと頼んだ。精霊達はイリースライアの封印された魔力を解除し、彼と契約を結んだの。力を得た精霊達は結界を張るため六箇所に散らばった。そして、イリースライアは力尽きるまでヒルドーと戦った。彼が最後の力を振り絞って放った魔法で、ヒルドーは火に覆われたの。炎が燃え尽きるころ、灰が一羽のツバメの形となって舞い上がり、消えた。イリースライアは、それを見届けると同時に命付きた。彼は、自分の命と引き換えにこの国を守った。……そういう御伽話よ。その御伽話に出てくる木の精霊が宿っていたと言われる木が、このオークの木なの。このオークの木には、イリースライアの力が今でも宿っていると言われているわ。そして、今もこの国を守っているのだと。だから、アルバス公爵家は、代々この木を守る役目にあるの」


 話終える頃、二人はオークの木の下に辿り着いた。クロエは、そっとそのゴツゴツした幹に触れる。木を見上げれば、キラキラとした木漏れ日が溢れ、フィーリア達を包み込む。

 フィーリアもオークの木に両手で触れた。目を閉じて、その鼓動を感じ取ろうとすれば、オークの木から僅かな魔力の気配が読み取れた。

 クロエは御伽話と言うけれど、それは本当にあった話かもしれないと、フィーリアは思った。そして、大きな幹に抱きつき、心の中で声を掛けた。


(木の精霊様、木の妖精様。私の名は、フィーリアと申します。アラグレンブルからやって参りました。私にほんの少しだけ、お力をお貸し頂けませんか? どうか、このアルバス公爵家の者達の心が少しでも安らぐ様に……心に温もりを与える力をお貸し下さい)


 返事はない。だが、確かに気配は感じる。


 フィーリアの身体の奥底にある魔力の泉が、温かく溢れてゆく。それはまるで、オークの木に水を与える様に流れてゆく。

 フィーリアの身体が、目に見えない光に包まれた。


 そっと瞳を開き、オークの木を見上げれば、その木漏れ日は、先程よりも煌めきを増している。フィーリアの願いを、オークの木が聞き入れてくれたのだと感じた。


「ありがとう」と口の中で囁き、フィーリアはクロエを向いた。


「クロエ様。私の様に、こうしてオークの木に抱きついてみてください。とても心地よい気分になりますよ」


 微笑みながら伝えると、クロエはふふと、小さく笑いオークの木に抱きついた。目を閉じて、深く呼吸をし出したクロエの顔色が、少しずつ良くなっていく。

 フィーリアは、オークの木に額を当てて、心の中で再度「ありがとう」と伝えた。

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