第58話 宛名の違い


 翌日の朝。


 エドガーから手紙が見つかったとの報せを受け、ダレンはエリックに一人で行くように伝えた。だが、ふと思い立ち、フィーリアも共に行く様にと伝え、ダレンは一人別行動で、朝のトレーニング後に出掛けてしまった。


 朝食後、エリックは変装をし、フィーリアと共にウィリスの運転でアルバス公爵家へと向かった。

 金髪のカツラに丸眼鏡をかけ、王都内で若者に流行りのスーツを着たエリック。一方でフィーリアは変装こそしていないが、公爵家に向かう為に着飾っているため、普段とは見違える程『令嬢』で、エリックは柄にも無く僅かばかり緊張をした。が、口を開けばフィーリアそのもので、エリックの緊張は幻の如くあっという間に消え去った。

 変装する必要は無かったが、何と無くエリックはウィリスにも普段より良い服を着させて向かった。体格がよく背筋の伸びたウィリスは、ディランのお下がりのスーツがピッタリで、使用人風からは掛け離れてしまったが、公爵家へ向かうには丁度良くも思える格好であった。


 傍から見れば、どこぞの貴族の坊ちゃんと令嬢がエドガーとクロエに会いに来たという体だ。

 

 サロンで待つ事、数分。

 エドガーは決して良いとは言えない顔色で現れた。エリックの変装した姿を見て、一瞬、目を見開いたが「万が一のためです。調査している事が漏れないために」と言うと、納得した様に一つ頷いた。

 すぐ後ろにクロエが着いて来たが、彼女も相変わらず顔色が悪く、その姿を見てフィーリアは心配になった。

 フィーリアに気が付いたクロエは、兄を追い抜き小走りでフィーリアの元へやって来た。


「フィーリアさん、貴女も来てくれたのね」

「クロエ様、お顔の色が優れません。大丈夫ですか?」


 フィーリアが両手を差し出すと、クロエはその手に重ねて握り締める。


「私……本当は、今日から学園へ戻る予定でしたの。オスカー様に、その様に指示を受けて……。だけど……」


 そこまで話すと、クロエはカタカタと震え、大きな瞳に涙を浮かべた。


「クロエ、私はレイカー殿と話をするから。フィーリア嬢に庭を案内するか、自分の部屋へ行っておいで」

「……ごめんなさい……。わかりましたわ、お兄様。フィーリアさん……」

「クロエ様が宜しければ……お庭へ参りませんか? 今日は良く晴れておりますし、少し外の空気に触れた方がいいかも知れません」


 フィーリアはサロンの窓から見える庭に目を向けた。広々とした庭はよく手入れをされている様で美しい。その中でも一際目立つオークの木を見つめる。仄かに木の妖精の気配を感じるのだ。あの木の下へ行って妖精にお願いをすれば、例え自分が側を離れていてもクロエの心は落ち着くだろうと、フィーリアは思った。

 クロエはほんの数秒考えた後、「そうね、そうしましょう」と、サロンから庭に繋がるガラス製のドアへと向かった。





 二人がサロンから出て行くと、早速エリックはエドガーに絵手紙を見せてもらった。


「全部で五通あったが、父から聞いた『次はお前だ』という手紙とマツユキソウだけは、見つからなかった」


 そう言ってテーブルの上に手紙を広げる。

 エリックは手袋を嵌め、早速手紙を開けようとし、ふと手を止めた。


「順番はこの通りでしたか?」

「いや、わからない。見つけたのは偶然でね。引き出しを落としてしまって。それで底が二重になっていると気が付いたんだ。ひっくり返してしまったから、順番はバラバラになってしまったかも知れない」

「そうですか……。すみませんが、エドガー様の手紙も一緒に拝見させて頂けますか? 確認したい事があるのですが」

「わかった。少し待っていてくれ」


 暫し待つ間、エリックは封筒から中身を取り出して観察した。絵手紙は、昨日クロエが言っていた通り、鼠、黒薔薇、蛇、トゲクサ、蝶だった。エリックは蝶の絵を手に取り、顔に近付ける。


「蜘蛛の巣がない……」


 そう呟くと、スーツのポケットからルーペを取り出す。ダレンの弟子となった日、ダレンから『御守り』として貰った年季の入ったルーペだ。蝶の絵を隅々まで覗き見るが、やはり蜘蛛の巣は無かった。

 続けて、宛名を見比べる。並べて見ると、ダレンが言っていた意味がエリックにも分かった。

 不自然なほど『揃って』いるのだ。文字の大きさ、角度、そして最後に流れていく癖。

 エリックが小さく唸りながら、ルーペで観察を続けていると、エドガーが手紙の入った箱を持って来た。

 エリックは礼を言い箱を受け取り、クロエ宛の手紙とエドガー宛の手紙の一通を取り出した。そして、ダレンが教えてくれた文字の癖を見比べようと、三つの封筒を横並びにし、見比べる。最後の一文字だけ、全て同じ文字が書かれている為、それに注視する。

 やはり、どれも同じ様に見えるが、よく見れば、クロエ宛の手紙だけ、最後の流れていく癖が僅かに『長く』見えたのだ。

 エリックはその部分だけ重なる様に封筒を持ってルーペを覗き込む。


 

(良く似ているけど、ダレンさんの言っていた通り、これだけ別人が書いているんだ。クロエ様宛は流れも角度も自然だけど、エドガー様と公爵様宛は、硬い)



 エリックは、難しい表情で低く唸った。


「エドガー様、恐れ入りますが、電話をお借りできますか。オスカーに報告をしたい事があるのです」


 エリックの申し出にエドガーは若干、困惑した表情を見せたが、すぐに承諾した。


 エリックはダレンが向かった場所へ電話をする。


『はい。ミクマ酒店』


 気怠そうな男の声が聞こえてきた。


「そちらの三階に部屋を借りたの家の者です。今、そちらにダレン・スミスが居ると思うのですが、変わってもらえますか?」

『ああ、あの美人の兄ちゃんね。居るよ。ちょっと待ってろ。すぐ呼んでくる』

「お願いします」


 受話器が乱暴に置かれたのか、耳の奥にガタガタと不快な音が響く。足音が遠のき、暫し待つと、複数の足音が聞こえてきた。電話の奥でダレンが「少し席を外してもらえないか」と声を掛けているのが聞こえた。

 ドアが閉まる音がした後、ダレンの心地よい声が耳に届く。


『エリックか?』

「はい、すみません。手紙の事で相談が」

『どうした?』

「手紙は五通ありました。最初に届いたと聞いていた文字だけの手紙とマツユキソウだけがありませんでした。宛名の確認を行った所、クロエ様宛の手紙と、エドガー様と公爵様宛の手紙。書いている人物は別人かと思われます。ダレンさんが言っていた通り、エドガー様宛の宛名と、クロエ様宛の宛名。最後の一文字を見比べると、僅かですが癖が違うんです。そして公爵様宛とエドガー様宛は同じ人物の様に思います」

『なるほど』

「あと、公爵様宛の蝶の絵には蜘蛛の巣はありませんでした」

『手紙の並び順は?』

「発見時、バラバラになってしまったそうで、不明です」


 数秒の沈黙後、ダレンが黒薔薇、トゲクサ、蛇の不吉な意味をエリックに伝えた。そして。


『今日は動きは無いだろう。あるとすれば、明日以降だ……。エドガー殿に代わってもらえるか?』

「はい」


 エリックはエドガーを呼んで電話を代わった。エドガーは数回短く返答をし電話を切り、そして振り返ってエリックを見る。


「オスカー殿より、君を数日間、我が家に泊める様に伝えられた」


 その言葉に、エリックは「え? 泊まり、ですか?」と、素っ頓狂な声で聞き返したのだった。

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