第7話 対面


 院長室に呼ばれた【女神の愛し子】は、静かに長椅子に座った。

 院長には席を外してもらい、ダレンとキャロル、そして【女神の愛し子】の三人のみが、院長室に居る。


「こんにちは」


 ダレンの声色が先程とは一変し、柔らかなものに変わる。少女を怖がらせない為だ。しかし、笑顔はない。


「僕はダレン・オスカー。そして、彼女は」

「キャロル・アワーズよ。よろしくね」


 ダレンに被せる様にキャロルが笑顔で名乗る。少女は無表情のまま、じっと二人を観察する様に見つめている。

 癖のない真っ直ぐで艶のある黒髪は、まるで夜の帳が下りた星空の様に美しい。目の上でピッシリ定規を使って切り揃えられた様な前髪。その下の大きな瞳は、緑の他に金色が混ざって見える不思議な色だ。瞬きをする度に音が聞こえそうなくらい長いまつ毛が、彼女の美しさを際立たせている。ただ、頬はふっくらしているが手脚は細く、もっと食事をさせたくなる程だ。

 

「君の名前を聞いても?」

「…………」

「年齢は……今、いつくだろうか?」

「…………」

「君を連れて来た大人達は、君の本当の両親かい?」


 それまで、うんともすんとも言わず、微動だにしなかった少女が、首を左右に二度、振った。


 ダレンとキャロルは素早く目を合わせる。キャロルが小さく頷くと、ダレンは柔らかな声色をそのままに、質問を続けた。


「両親ではないとなると、親戚とかだろうか?」


 再び二度、首を横に振る。


「全くの、他人?」


 初めて首が縦に一度、振られた。


「君は、この国の子かい?」


 再び、首は横に振られる。この回答には、ダレンも「やはりな」と小さく独りごちる様に呟く。


「なら、君を連れて来た人達に、この国に連れて来られた?」


 この質問には、首は横に振られた。どういう事だ、とダレンは僅かに眉間を寄せる。


「別の人達に、連れて来られたのか?」


 その質問にも、首を横に振る。


 連れて来られたのでは無いのなら、どうやってこの国へ来たのだというのだ。

 こんな小さな身体で、一人で来れる訳が無い。来れるとするならば……。


「……魔法を使って、ここへ来たの?」


 その質問に、キャロルが「え、ダレン!?」と、驚き声で小さく名を呼んだが、ダレンは少女をじっと見つめ観察した。

 少女の無表情が、僅かに変わったのだ。瞳孔が開く。瞳の輝きが増した様に見える。首を振って合図はしてくれないが、この瞳が答えだろう。


「君は話が出来るだろ? 子供達とは話しているね? 大人と話をするなと、連れて来られた人達に言われたの?」


 首を横に振る。


「君をここに連れて来た人達とは、お話しした?」


 横に振られた首。自発的に大人と話をしない様にしているのかと、ダレンは「ふむ」と小さく一つ唸る。


「そうか。わかった。ひとつ、君にアドバイスをあげよう。この国には、魔法が存在しない。魔法が誰にでもある国では無いんだ。君の国がどうだったかは知らないが、この国で静かに暮らしていきたいのであれば、君の力は隠すことをお勧めする。多くの人に知られれば、君の平穏は奪われるだろう」


 ダレンの言葉を、少女はゆっくり瞬きをし真剣に聞いていた。


「良いかい? わかった?」


 それまで子供相手だというのに、笑みすら見せなかったダレンが、ふわりと目元を緩め、少女に言い聞かせる様に優しく問いかける。

 少女は一度だけ。ゆっくりと頷いた。


「よし。良い子だ」


 今度は分かりやすくニッコリ微笑んだダレンに、少女は目を奪われたのだろう、瞬きをせず見つめ続けたのだった。



***



 少女と入れ替わりで院長が部屋に入って来た。


「院長、お時間を頂き、ありがとうございました」

「いえ、大丈夫です。あの……」

「はい」

「あの子は、何かお話はしましたか?」


 不安げに訊ねる院長に、ダレンは先程までの笑みは一切なく、「いいえ」と短く答えた。


「院長、ひとつお願いがあります」

「どんなお願いでしょう。お話によっては、お応えしかねますが……」

「ここ最近【子供の神隠し】が横行している事は、ご存知ですか?」


 ダレンの質問に、院長は「ええ、もちろん」と返事をしつつ眉間に皺を寄せる。


「あの【女神の愛し子】を連れて来た男女が、関係しているかも知れません」


 その言葉に、院長はヒュッと喉を鳴らした。


「あの子を連れて来た男女が来るのは、早ければ三日後でしたね」

「とりあえず、十日とは言っておりましたので、そうかと……」


 その返事に、ダレンは一つ顎を引く。


「では、その二人が来るまでの間、私の所へ遣いを出してもらいたいのです」

「つかい?」

「ええ。そうですね、怪我を治してもらった事が、大変な事だと気が付いたがいいな」

「あの……なぜ少年だと、お分かりに?」


 キャロルも不思議そうにダレンを見る。院長の話の中には、とは一言も出てこなかったからだ。


「それを秘密にした方が良いと判断出来る子供となると、年齢が絞られて来ます。この教会にいる子供で、その判断が出来るだろう子供は、あの少年だけだからです。それに、先程見ていた限りでは、彼はとても冷静に周りの状況をよく観察し、それを踏まえて行動をする節がある。判断能力に長けており、とても賢い」


 ダレンは椅子から立ち上がり、窓際に近寄る。そして、子供達の中でも、比較的大きな体の少年を指差した。


「彼は、ここでは最年長でしょう?」

「ええ……そうです」

「彼に、私の所へ遣いを出して頂けませんか? これは、【子供の神隠し】を終わらせる為に必要な事でもあるのです。ご協力を頂きたい」

「【子供の神隠し】を終わらせる為に、何故、あの子を遣いに出すのです? あの子は……いえ、あの子だけでなく、ここに居る子供達は、わたくし共にとって、とても大切な子です。危険な目に合う可能性があるのであれば、それはお断り致します」


 先程まで困惑していた院長は、ピンと背筋を伸ばし、ダレンの申し出をハッキリと迷いなく断った。


「危険な事には巻き込みません。それはお約束致しましょう」

「……その言葉、守って頂けますね?」

「もちろん」


 院長は、ダレンを見定める様に真剣に見つめ、思考を巡らせていた。

 どのくらい経っただろうか。院長が、どこか渋々といった具合に了承した。


「ありがとうございます。では、これをお渡ししておきます。私の住まいの住所です。もし、電話をする事がある程、急いぎの知らせがある場合は、ここへ電話をしてください。私から折り返しをしますので」


 ダレンは、自分の名刺を院長へ手渡した。


「……探偵?」

「ええ。私の職業です。実は、探偵でして」

「は……はぁ……?」

「これ、一応、信頼できる人にしかお渡ししてないので。私が探偵である事は、どうぞご内密にお願いしますね?」

「え? え、ええ……分かりました」

「ありがとうございます」


 院長の頭の中には、疑問符だらけだろうと、キャロルは小さく苦笑いをした。


 気を取り直した院長に少年について訊ねると、この教会では最年長であるため、他の子供達の兄的存在だという。面倒見が良く、自発的に勉強もしており、読み書きも下の子供達に教えている。年齢よりも上の書籍も難なく読めるほど賢いのだと、院長は言った。そんな彼の名前はエリック。年齢は間も無く十五歳になるという。


 帰り際、ダレンが指名した少年に対面をし、これから数日間だけ、お手伝いをして欲しいと頼むと、頼られる事が嬉しいのか、満面な笑みを浮かべ頷いた。

 少し癖のある特徴的な赤茶色の髪、そして穏やかな薄茶色の瞳。頬に薄っすら見えるそばかすは、ご愛嬌。優しく、素直そうな少年に、キャロルは好印象を持ったのだった。





「ウィリス、センター街へ向かってくれないか」


 教会を出て、車に乗り込んだダレンが運転手であるウィリスに伝える。ウィリスは「畏まりました」と低い声で返事をすると、ゆっくりと車を発進させた。


「ダレン、次は何処へ?」

「とりあえず、王都内の教会は全て回るが、その前に王女殿下の手紙にあった一番疑わしいプラナス教会へ行こう。少し調べたい事がある」

「どんな事を調べるの?」

「さっき院長から聞いた情報の確認だ。まず、あの教会付近で同じ人物達が出入りしていなかいか、周辺調査をして。それから教会へ向かう。今日中に全ての教会を回れるかは少々気になるが……。だが、車なら夕方までには全て回れそうだと思う」

「そうね……。大丈夫だと思うわ」


 キャロルは頭の中でだいたいの時間を計算して頷いた。

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