第69話 失踪
翌朝。
フィーリアは普段よりも早い時間に、リビングに居た。腕を組み、不機嫌そうにダレンのリクライニングチェアに身体を預けて、膝の上には、くまのぬいぐるみが乗っている。
「やっぱり、帰って来なかった!」
「怒っているのに、ちゃっかりダレン様の椅子に座っているフィーリア様って」
レイラがクスクス笑いながら朝食の支度をしている。
「だって!」と言いつつ頬を染め、胸にくまのぬいぐるみを抱きしめる。レイラからの指摘に恥ずかしいのを誤魔化しつつ、怒った。
「私が来てから連日、外泊なのよ! それも、しょ……いえ、何でもないわ……とにかく! 何なのよって、言いたいのっ!」
「はいはい、わかりましたから。はい、ホットチョコレートでも飲んで、落ち着いてくださいね」
小さな子供をあやす様にフィーリアの手を取ると、リクライニングチェアから立たせてダイニングテーブルへ誘導する。
「お熱いので気を付けくださいね」
そう言い残し、レイラはキッチンへと戻って行く。フィーリアは隣の席にぬいぐるみを座らせる。そこは、普段ダレンが座って食事をしている席だ。ちょこんと座ったくまのぬいぐるみの頭を優しく撫で、ふぅと息を吐き出し、頬杖をついた。ホットチョコレートの上にふわりと浮かぶマシュマロが徐々に小さくなる。それはまるでフィーリアの怒りを萎ませるかのようだ。
「おはようございます、フィーリア様、レイラさん」
「おはようございます、ウィリス様」
「おはよう、ウィリー」
ウィリスは精悍な顔立ちだが、一見強面だ。だが、フィーリアがウィリーと呼ぶと、その表情を柔らげて、フィーリアを見る。初めてウィリーと呼ばれた時のウィリスは、やたらと慌てて恐縮して恥ずかしがっていたが、拒否はしなかった。
今ではウィリーと呼んでも受け入れてくれている。寧ろ、そう呼ぶと普段見れないウィリスの笑顔が見える事が嬉しくて、フィーリアはウィリスがよっぽど嫌がら無い限りは呼び方を変える気はない。
「ウィリー、今日もダレンはお泊まりで帰ってないなんですって!」
「そうですか。しかし、依頼の調査でしょうから仕方ありません。連日となれば、恐らく、ちゃんと寝ていない事でしょう。早く解決出来れば良いですが」
仕事であるなら、ちゃんと寝ていないのは確かだろう。だが、そうじゃないなら、ちゃんと寝ているはずだ。そう考えた途端、フィーリアは顔を真っ赤に染め上げる。
「フィーリア様? どうかされましたか? 体調がよろしく無いのですか?」
目の前に座るウィリスが首を傾げ、心配気に顔を覗き込んできた。その様子に気が付いたレイラが、取り皿をテーブルに運びながらフィーリアを見る。
「あら、フィーリア様、お顔が真っ赤ですね? どうされました?」
ひんやりとした手がフィーリアの額に触れる。慌てて「な、何でも無いわ!」と言えば、二人は互いに目を合わせて、小首を傾げた。
突然、リビングの入り口にあるダレンの簡易書斎から電話のベルがけたゝましく鳴り響いた。
アパートがダレンの家になってから、電話回線を引いたのだ。
ウィリスが椅子から立ち上がり、電話に出る。
「はい、こちらオリバー家」
『ウィリスさん!? エリックです! ダレンさん居ますか!?』
焦った声が受話器から耳に届く。何事かと思いつつ、ウィリスは落ち着いて対応する。
「エリック様、おはようございます。いえ、ダレン様は昨日から帰っておりません」
『えっ!? どこ行ったんだよ!? 借りてるアパートにも居なかったんだ! あー! もう! じゃあ! フィーリア起きてますか!?』
「フィーリア様ですね、はい、こちらにいらっしゃいますよ」
『代わってもらっていい?』
「はい、少々お待ちください。フィーリア様、エリック様からです」
「リッキー?」
小首を傾げ、フィーリアは電話を代わった。
「もしもし、リッキー?」
『フィー! ちょっと急いで聞きたい事があるんだ』
「なに? どうしたの?」
『昨日、クロエ様とどんな会話した!?』
「どんな会話って……」
その言葉に、クロエと約束した秘密をエリックに隠していた事がバレたのかと、心臓がドンと胸を叩いた。
『フィーリア、落ち着いて聞いて。今朝、クロエ様が消えたんだ』
「え!?」
フィーリアの叫び声に、ウィリスとレイラが側により耳を澄ました。
♢
王立公園・噴水前。
まだ朝靄が辺りを覆い、朝日と相まって幻想的な風景を生み出している。
そんな中、まだ人もいない公園のベンチに一人、クロエは居た。
クロエは、手紙を開いて読み直していた。
『明朝。私達の思い出の場所で会おう』
ゴクリと唾飲み込む。
もし、この手紙を書いたのがトバリであるなら。そう思うと、クロエは複雑な気持ちになった。
祖父をはじめ、父や兄を殺そうとしているのは、何故なのか。自分と知り合ったのは、本当に偶然なのか、それとも。
考えれば考える程、クロエは頭の中を真っ白に消したくなった。何も考えたく無い。何も知らなくて良い。知らないままが良かった。知り合わなければ良かった。
好きにならなければ、良かった。
血色の悪い白い頬に、スッと涙が伝う。
「クロエ」
背後から掛けられた男の声に、クロエはビクリと身体を震わせる。その両目を大きく見開き、ゆっくりと振り返る。
「クロエ、来てくれたんだね」
「……どう、して……貴方が、ここに……」
男はニヤリと厭らしい笑みを浮かべ、クロエに近寄った。
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