第5話 一時預かり
修道女が教会の中へ戻って行くと、さっきまで微動だにしなかったダレンが動き出した。
長い脚を大きく動かし、教会の裏側へ回り込む。その動きは素早く、足音さえしない。
一方で、キャロルは先程、修道女と話した位置から動かず辺りを観察する。
ものの数分もせず、ダレンがキャロルの元へ戻ると、丁度、先程の修道女と一緒に院長がやって来た。
スカプラリオの裾をたなびかせやって来た院長は、先程の修道女に比べ恰幅の良い体型だ。
ウィンプルから覗く顔はまん丸で、頬が上がっているせいか、常に笑顔に見える。いや、常に笑顔なのだろう。年嵩がいっている様だが、まん丸の頬は、はち切れそうなくらいパンっと張っていて皺が見えない。とても優しげな女性である。
「これは、これは。アワーズ伯爵家の若奥様、ご機嫌宜しゅうございます」
「ありがとうございます、院長。今日は突然の訪問を許してくださいね。ちょっとお尋ねしたい事があるのだけど、宜しいかしら?」
「どういったお話でございましょうか?」
院長は一緒に居た修道女に軽く合図し下がらせると、驚く事も嫌な顔をする事もなく、キャロルに訊ねる。
「その前に、こちらの男性をご紹介するわね。私の甥のダレン・オスカー子爵」
「甥? で、ございますか?」
「ええ、そうなの」
キャロルはダレンを紹介する際、必ず「甥」である事を隠さずに伝えている。普段、ダレンが「叔母様」と言うのは嫌がる癖に、だ。
だが、敢えてそう言うには、もちろん理由がある。歳の差は七つあっても、若い二人だ。勘違いであらぬ噂をされる事も、稀にある。
そして紹介する度、毎度の事ながら皆、驚く。
「私の祖父が後妻を迎え入れまして。その方との間に生まれたのが叔母です。私の父と彼女は兄妹なので、彼女は正真正銘、叔母です」
ダレンが貼り付けた様な笑顔で院長に伝える。毎回この男は、ここぞとばかりに「正真正銘、叔母」を強調して言うため、キャロルは顔を引き攣らせつつも、笑顔を崩さない様に堪えるのだ。
「ああ、失礼。申し遅れました。ただ今ご紹介に預かりました、ダレン・オスカーと申します」
「あ……あぁ、いえ、こちらこそ失礼致しました、オスカー子爵様。それで、どういった事を?」
笑みを讃えたままではあるが、不思議そうに小首を傾げダレンを見る。
「実は、ちょっと兄の仕事の手伝いで来ました。ああ、兄は王宮に勤めておりまして。王都内の孤児の人数を調べて欲しいと頼まれまして、私が調査している最中なのです」
スラスラと淀みなく話す隣の男の顔をチラリと見る。キャロルは心の中で、そういう設定にするなら、前もって言っておいて欲しいと、心の中で静かに怒る。
毎回この調子で、キャロルは話に合わせるのに大変なのだ。
院長は若干、不思議そうではあったが「左様でございますか」とひとつ頷く。
「まず、ここに居る子供達は現在何名ですか」
「八名よ」
ダレンは黙って隣を見遣る。
「僕は院長様に聞いているんだが?」
調査時は「私」というダレンが「僕」と言って素が出た所をみると、仕返しは効いた様だとキャロルは少し顎を上げてダレンを見遣る。だが、ダレンから冷たい視線を受け、キャロルは「あら、つい」とテヘッと愛想笑いをした。ダレンは一つ咳払いをしてから院長へ視線を戻す。
「八名で間違い無いですか?」
「え、ええ。そうです」
「ふむ。おかしいですね。失礼ながら、私は先程、少し裏庭の方を見させて頂きまして。そこに子供は九名居たかと……」
ダレンがそう言うと、院長は「ああ」と慌てる様子もなく一つ頷く。
「ええ、確かに九名の子供が遊んでいるのは、間違いございません。実は、一時預かりの女児がおります」
「一時預かり?」
「はい」
院長は、その子供についてダレンとキャロルを交互に見ると、僅かに声を落として話を始めた。
「実は、ひとつ気になる事がございます」
「気になる、とは?」
ダレンが訊ねると、院長は少々困った様な表情を作って見せた。初めて笑顔ではない表情を見せた事で、かなり気にしている内容であるのだろうと、ダレンは一人思い、話を促す。
「一時預かりをして欲しいと言って来たのは、この辺では見かけない、中年の男女でした」
「どんな風貌でしたか? 訛りがあったとか、何か気になる事は?」
院長は、ダレンの質問に僅か小首を傾げ考えると、再び口を開いた。
「風貌は、この辺の者と変わらなかったと思います。訛りは若干あったようにも感じますが、さほど気になりませんでした。ただ、子供の親にしては髪色も瞳の色も違うので、養子で得た子供かとも感じました」
「その両親の髪と瞳の色は?」
「二人とも焦茶色の髪と瞳でした」
「子供は?」
「黒髪です」
院長の言葉にダレンは小さく首を傾げたが、すぐに院長に質問を続けた。
「二人は、何故その子を預けに?」
「なんでも、この近くに親戚が暮らしていて、病に倒れたと聞いて駆けつけたのだとか。ただ、どういった病気か確認が取れていないので、感染症であった場合を考え、子供を一時預かって欲しいと。そういう事情であればと、わたくし共はお受け致しました」
「その両親と思われる男女は、いつ預けに来たのです?」
「一週間前にございます」
「何日間、預かって欲しいと?」
「十日ほどと。二週間は掛からないと、申しておりました」
ダレンが質問をし、キャロルがメモを取る。キャロルは万年筆を走らせるのを止めて、顔を上げた。
「院長様、一時預かりなどは、今までもされていたのですか?」
「いえ、それが、最近、数日間だけ預かって欲しいと来られる事が重なりありました」
その言葉にダレンがピクリと反応する。
「それは、いつ頃からですかね」
「そうですね……【春の祝福】が終わって、その片付けをしている頃だったので、約半年程前からかと」
【春の祝福】とは、無事に春を迎えられた喜びを、そして無事に農業の始まりを迎えられる事を女神に感謝をし、五穀豊穣を願う祭りだ。それが行われるのは五月。
ダレンは王女陛下の手紙を思い出す。キャロルも思い出したのか、ダレンを見上げる。【子供の神隠し】が発生しだしたのは、半年前から。そして、王女陛下の慰問先の教会が怪しい動きをし出したのも、半年前。
何かしらの繋がりがあると思ったダレンは、誰も気が付かない程度に口角を上げた。
「以前、預けに来た人達は今回の二人と似ていませんでしたか? 例えば、髪の色が似ているとか」
「あぁ……。言われてみれば、そうかも知れません。焦茶色の髪はそこまで珍しい色でも無いですし、そこまで気にしておりませんでした」
その言葉にダレンは明確に分かる笑みを浮かべた。
「なるほど。……それで、院長が気になっている事とは? その子供と両親が似ていないという点ですか?」
「ああ、いえ、それはですね」
院長は、二人に着いて来る様にいうと、先を歩きだした。院長が連れて来た先は、裏庭が見える院長室だった。
院長は、二人を窓に少し近づく様に伝えると、一人の子供の特徴を言った。
ストレートの黒髪に、雪の様に真っ白な肌をした少女だ。横顔ではあるが、スッと通った鼻筋から、美しい少女だろうと分かる。他の子供に比べて肌艶が良く、頬も痩せてはいない。
院長は一時預かりした子は、あの子だと言いながら、話を始めた。
「あの子は、子供同士では会話をする様ですが、大人とは会話をしないのです。子供同士で話している姿を遠目で見て近づくと、話すのをやめてしまい、あの子の声を聞いた事がある大人はおりません」
「ここには、修道女は何名おりますか?」
「小さな教会ですので、私を含め三名でございます」
「三人とも、彼女の声は聞いたことが無いと」
「ええ」
院長が頷くと「確かに、変ねぇ……」とキャロルが少女を観察しながら呟く。
「ただ、気になることは、それでは無いのです」
「と、いうと?」
ダレンが院長に顔を向け訊ねると、院長は数回瞬きを繰り返し、ひとつ大きく深呼吸をした。
「アワーズ伯爵家の皆様には、長年良くして頂いており、若奥様のお人柄にもわたくしは信頼を寄せております。だからこそ、お二人を信じて、お話し致します。どうか、今からお話する事は……他には内密にすると、お約束をして頂けますか?」
その言葉に、ダレンとキャロルは顔を見合わせ瞬きをし、二人同時に院長へ向き直ると「もちろん」と、声を揃えた。
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