第4話 教会へ


 アパートの下へ行くと、キャロルが乗って来た車が今もまだ止まっていた。


では無かったのか……」


 ダレンのいう【貸出し】とは、時間制限のある運転手付きの貸出し車の事だ。まだ運転が出来る者も少なく、個人で車を持つ者も少ない。国が車普及事業に乗り出し、運転手育成を行っている事もあって、車販売業者が貸出し車を行っているのだ。



「アーサーのお父様が新し物好きなのは、貴方も知っているでしょう? ダレンの所へ行くって言ったら、貴方に自慢して来いって」


 キャロルは苦笑いしつつ、そう言った。


「運転手は?」

「お義父様の部下だった方よ。退役されて、仕事を探していたからって、運転育成所に通わせて、我が伯爵家の専属運転手として雇っているのよ」

「……すごいな。でも、運転に足を使うよな? 彼は足を怪我しているのでは? 大丈夫なのか?」

「ええ、確かに足に怪我をしているけど……何で知っているのよ」


 キャロルは僅かに目を開いて訊ねる。


「キャロルが来た時に、窓の外から見ていたんだ。彼が車に乗り込む時、足を少し引き摺っていたからね」

「なるほど……さすがは、探偵様」


 茶化しながら言うキャロルの言葉を無視し、ダレンは少し声を抑え、独り言の様に言葉を続ける。


「足を怪我していても、運転は出来るんだな……」

「それは問題無いようよ。運転もとても上手よ。さ! サッサと乗って乗って!」


 ダレンはキャロルに押されて車に乗り込む。運転手をチラリと見て、キャロルの義理の父を思い出した。


 現アワーズ伯爵。

 元々は軍に所属しており、大将まで上り詰めた人物だ。堅物やら鬼やら言われていたが、誰よりも慕われていた事を、ダレンですら知っている程だ。部下だけでなく、上の者にも信頼されていた、と風の噂で聞いた事がある。

 きっと元部下が路頭に迷っている姿を見て、手を差し伸べ無くてはと、行動したのだろう。息子のアーサーも軍人になると思われていたが、アーサー本人がそれを拒否。それを受け入れるだけの器を持ち合わせている、懐の深い人物だ。

 伯爵家専属運転手であるウィリス・バリーは、元軍人らくし動きが機敏で寡黙だ。

 この国に多い、黄色味の強い栗色の髪に灰色の瞳。足を怪我したため激しい戦闘はもう無理だが、ガタイも良く体力もある為、護衛にもなるのだとキャロルは言った。


 ダレンが初めて乗る車に、珍しく少々緊張した面持ちでいると、キャロルは楽しげに笑う。


「あのダレン・オスカーでも緊張するのね」

「……僕だって、一応は人の子だからね」

「そうね、今は立派な大人の人間ね。それで、目的地はどこ? 行き先を伝えるのは、馬車と同じよ?」


 どこか揶揄うように言うキャロルに、少しムッとした顔をしつつ、センター街から外れた場所にある教会の名を告げた。


「あら、王女様の依頼書に書いてあったのは、センター街にある教会よ?」

「外との繋がりも見てみたいからね。教会間でのやり取りだって、ある程度はあるだろう?」

「なるほど。それもそうね。なら、行ってみましょう!」

「王女陛下へのお目通りは、キャロルが行ってね」

「なんでよ! そこは貴方でしょう!」

「ダメダメ。僕は、君の依頼として受けると決めたんだ。それに、僕は子爵だから。伯爵の方が上だし。なんなら、キャロルは元侯爵家の出だし」

「侯爵家の出なのは、貴方もでしょ!」

「キャロルが王女陛下の対応をしてくれる事が、キャロルからの僕への報酬って事で。友人価格だ」

「友人価格って……」



 そんなくだらないやり取りをしていると、あっという間に目的地へと到着した。

 馬車よりも早い到着に、キャロルとやり合って無いで、ちゃんと外を見ていれば良かったと、ダレンは少し残念に思いながら車を降りた。



***



 まずダレンが選んだのは、王都内ではあるが、中心からは一番離れた位置にあるカリッサ教会だった。

 教会の入り口へ向かうと、ちょうど一人の修道女が出て来た所だった。


「まぁ! アワーズ伯爵家の若奥様ではございませんか!」


 キャロルに気が付いた若い修道女が、明るい笑みを浮かべ近寄って来る。


「お久しぶりね、エマ。前回、私が持って来た毛布は足りたかしら?」

「ええ、十分足りました。子供達も新しい毛布がフカフカで温かいと、大喜びでした」

「それは良かったわ。また、何か必要があれば都度教えてね」

「そう言って頂けて、有り難い事です。ところで、今日はどうなされたのでしょう?」


 修道女はチラチラとダレンに目をやりながら、キャロルに訊ねる。

 ダレンと目が合うと、修道女は微かに頬を朱に染めた。若さ故か、まだ神に身を捧げきれていないのか。ダレンの美しさに惹かれている、その表情に、キャロルはこっそりと苦笑いをする。

 一方でダレンをチラリと横目で見遣ると、その顔は無表情だ。

 元々ダレンは見目の良さも相俟って良くモテる。だが、爵位を得てから、ダレンに擦り寄ってくる令嬢達に心底辟易していた。以来、どこか女嫌いにでもなってしまったのか、どんな美しい女性の前であっても、キャロルが知る限り、無表情であった。

 キャロルは気を取り直す様に軽く咳払いを一つすると、修道女に向かってニッコリと微笑む。


「今日は、ちょっと院長様にお話を伺いたくて。突然だから、いらっしゃらないかしら?」

「いえ、本日はいらっしゃいます。少々お待ちください。ただいま呼んで参ります」

「ええ、ありがとう。お願いね」

「はい」


 笑顔で返事をし、若い修道女は教会の中へと戻って行った。

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