第63話 殺し屋
ダレンは相手の足を思い切り踏み付けた。拘束された手が緩み、相手がよろけた所を躊躇なく勢いをつけ、自分の身体ごと後ろに下がった。
驚きで動きが鈍った相手は、ダレンに押されるまま後退る。狭い路地のお陰で、すぐに相手の背中が建物にぶつかった。ダレンは間髪入れず傘を足で弾き上げ掴むと、襲い掛かってきた他の二人を叩きのめす。ダレンを押さえ付けていた男が襲い掛かって来たが、その腕を傘で払い除け、腹に蹴りを入れる。
相手が持っていた銃を遠くに蹴り飛ばしたが、ダレンの予想通り子供のおもちゃだった。それでも、遠くへ蹴り飛ばした事で、相手は慌てた。
他の二人が再びダレンに向かって来たが、ダレンを押さえ付けた男を背後から締め上げ、その喉元に傘の先を突き付ける。高価な傘は、先が丸く加工され安全であるが、安価な傘は先がそこそこ尖っている。
「動くな!」
襲い掛かろうとした二人はグッと踏み止まり、ダレンを睨み付ける。
「傘の先は、君たちが思うより鋭いんだ。少し力を入れて押してやれば、喉を簡単に貫けるくらいにね?」
ダレンは三人を素早く観察する。身体に合っていない服。裾が足りなかったり、長すぎたり。薄汚れた頬は、随分と痩けている。よく見れば、その腕や足も。
襲いかかってきたのは、子供だった。
ギラギラとした瞳は生命力を感じさせるが、どう見積もってもまだ十代前半であろう。
「君たちは何者だ?」
ダレンの問いは、彼等がダレンに向けて言った言葉だ。
形勢逆転。
少年と見える二人は、何も出来ずもどかしそうに顔を歪ませる。ダレンが一歩ずつ人質と共に動けば、ジリジリと後退る。
「私に何故、襲い掛かってきたんだ?」
その問いには、ダレンが拘束している少年と思わしき男が答えた。
「アンタこそ! トバリさんを殺しに来た、殺し屋だろ!」
「殺し屋……?」
思いもしなかった少年の言葉にダレンは目を見張り、正面に立つ二人を見たのだった。
♢
ダレンは、三人に自分は殺し屋では無いと説明したが、なかなか信じてはもらえず、仕方なしに「ある事件を追っている」と伝えた。
「僕は探偵だ。ある人物から依頼を受けて調査していた。その中で、トバリ・ソーヤが、何らかの事情を知っていると分かった。早く彼に会って話を聞かなくては、多くの人が亡くなる可能性がある」
ダレンの言葉に、ようやく三人が納得したのか「わかった」と頷いた。
「ひとまず、ここでは話が出来ない。僕の借りてる部屋へ行こう。ついでに、君たちに食事を提供するよ」
「毒を入れてオレ達を口封じする気か」
初めにダレンを拘束した男がいう。先程から他の二人に比べてよく喋る。恐らく二人より年上なのだろう。リーダーの様だとダレンは感じた。
「さっきから言っているだろ? 僕は殺し屋じゃない。それに、君たちを殺害して何の得がある。君たちから話が聞きたい。いいから、一緒に来い」
ダレンは大きく溜息を吐き出し、散らばった食材などを拾うと、リーダー格の少年の腕を掴んで歩き出した。男は小さく抵抗して見せたが、思いの外、ダレンの引っ張る力が強く、すぐに大人しく歩き出した。ダレンは、この男を連れて行けば、他の二人も勝手についてくると分かっていて、そうした。案の定、二人も黙ってついてきた。
アパートに到着するなり、ダレンは三人に風呂へ向かわせた。
何日も風呂に入っていないのだろう、随分と濃い獣臭を撒き散らしていた。
三人が風呂に入っている間、ダレンは買ってきた肉を大きく切って塩胡椒をしオーブンに入れてから簡単にスープを作りパンを切り分け、サラダを用意する。
スープは豆とベーコンのスープだ。豆は最近巷で流行りだした缶詰のもので、煮込まなくてもすぐに出来上がるため便利で、王都でも瞬く間に広がった。
あっという間に食事の準備が整うと、ちょうど三人も風呂から出て来た。いい匂いが漂ったリビングをキョロキョロしている。
「ああ、ちょうど食事が出来たらところだ。悪いが、この部屋にダイニングテーブルは無いから、そこのローテーブルに運んでくれ。ソファーが足りないから、床に座って食べることになるが、平気か?」
「……オレ達の文化では、床に座って食べるのが普通だから、大丈夫だ」
リーダー格の少年がボソボソと伝えた声に「そうか。なら、大丈夫だな」と頷く。
「さぁ、まずは食べよう。腹が減っては何とやらだ」
ダレンがニッコリ笑うと、三人はどこか恥ずかしそうに顔を下ろし、小さな声で祈りの言葉を言った。
ダレンが食事を口に運ぶと、三人もそれぞれ恐る恐るといった風に食べ始めたが、それも最初だけ。
すぐに勢い付いて食べ出した。
「スープなら、お代わりもあるから欲しかったら言ってくれ」
その言葉に、三人は目を合わせ小さく微笑んだ。その笑みは、やはりまだ幼さが残る。
「食べながらで良いから、教えてくれないか。君たちの名前は?」
「オレはアゼル」と、リーダー格の少年が言えば、続いて二人も答えた。
「オイラはイオ」
「オレはジョー」
「君たちは見たところ、まだ十代かと思うが」とダレンが聞けば、アゼルが「オレが十九で、ジョーが十八、イオが十六だ」と答えた。
三人とも痩せ細っているが、アゼルは中背で骨格も割としっかりしている。眼力は一番鋭く、年長であるとすぐ分かる。ジョーが三人の中では一番背が高いが、ダレンより林檎一つ分程低い。しかし、東の国の人間としては大きいのだろうとダレンは思った。そしてイオは、一番背が低く女の子かと思うくらい愛らしい顔付きだが、声変わりした声が男であると示している。
「思っていたより、上だな……東の国の人間は童顔が多いと知識としてはあったが、実際その通りなのだな……」
背も低いめだから余計に若く見えるのだろうか、とダレンは独り言のように呟き、頷く。
そんなダレンをアゼルが上目遣いで見つめる。
「オッサンの名前は?」
「オッサン……? 僕はまだオッサンじゃない」
ダレンは思わず頬を引き攣らせる。
前にもあったな、こんなやり取り……なんだ、この何とも言えない懐かしさは、と心の中で独りごち、軽く咳払いをした。
「君は先程、僕を襲った時は『兄ちゃん』と言ってきたよな?」
「明るい所でみたら、兄ちゃんじゃ無かった」
その言葉に、ダレンは項垂れた。が、すぐに頭を上げて澄まし顔でアゼルを見る。
「僕はダレンだ。因みに、歳は二十七歳だから、まだオッサンではない」
オッサンの線引きが何歳からか分からないが、ダレンは三十代からだと思っているのもあり、キッパリと言い切った。
「え! トバリさんと同じ!? 見えねぇ……」
トバリの名を聞き、ダレンの表情はスッと真顔になり、纏う空気の色を変えた。それに気が付いたアゼルは、フォークをテーブルの上に静かに置く。
アゼルは、自分を見つめてくるダレンの視線を逸らす事なく、真っ直ぐに見つめ返したのだった。
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