第64話 恩人
真っ直ぐなその目は、ダレンという人間の本質を覗き込もうとしている様だった。
逸らす事なくギラギラとした刺す様な視線は、彼が今まで見ず知らずの人間に、どの様な仕打ちを受け生きていたのかを物語っていると、ダレンは感じた。
ダレンは極力、抑揚のない静かな声で訊ねる。
彼の心の焔を鎮めるように。彼が感情的にならないように、気を付けながら。
「君たちは、トバリという男とは、どんな関係なんだ? さっき、僕を『殺し屋』と言ったが、彼は命を狙われているのか?」
イオとジョーも食べるのを止め、アゼルを見つめる。暫くの沈黙後、アゼルが静かに答えた。
「トバリさんは、オレ達の恩人なんだ。オレ達は、十六まで孤児院に居た。先に十六になったオレは仕事を探したけど、どこも雇ってくれなかったんだ……」
「どこも? 孤児院を出る時に、紹介を受けなかったのか?」
「ああ。アンタは分からないだろうけど。オレらみたいな生まれがレイルスローであっても、見た目が違うと差別されるんだよ。孤児院からの紹介状を持って行っても門前払いさ。いざ、仕事を見つけたと思っても、見習い中は無給だとか言って、賃金が支払われない事は当たり前にある」
彼等は三人にとも黒目、黒髪に、東の国の特徴的な顔付きだ。レイルスロー王国の人間との間の子供でも無さそうだった。
人種差別がある。
その事実は、この国が様々な国を受け入れてから、よく聞く話ではあった。だが、ダレンの周りには他国出身の人間に対し差別を行う様な者が存在しなかった為に、どこか現実味を感じていない節があった。同じ出身国同士であっても、相性の合う合わないはある。差別と言っても、些細な嫌がらせ程度かと思っていた。
しかし、こうして目の前の子供達が差別されている。それもかなり酷く、理不尽に。その事実に、胸の奥が僅かに軋んだ。自分が想像している以上に、差別は深刻なのだと。
「この地区内でも、そうなのか?」
「ああ。オレ達には親が居ないからな。親が分かっている奴らと、身元が分からない奴では同じ人種であっても信頼度が低いんだ。親が分かっている奴らは、この地区でも仕事は見つかる。だが、オレ達みたいに親が分からないとか居ない場合は、雇われることは少ない。もし雇われても、店の物が無くなりゃ、すぐにオレ達が疑われる」
「同じ東の人間でも、そんな事が……」
「アンタみたいな金持ち貴族の坊ちゃんには、わかんねぇだろうよ」
その言葉に、ダレンは何も答えられなかった。ただ現実として、自分に何が出来るのか。そう考えた時、自分が出来るだろう事はあまりに少ない気がして、その無力さをふと感じた。哀れんで同情する事は、誰にでも出来る。だが、それはほんの一時のこと。彼等三人だけでなく、この先の未来をも思えば、自分は貴族でありながらも出来ることの少なさに、なんてちっぽけな存在だと感じた。
アゼルは話を続けた。
「オレ達は住む場所も借りられないし、食事だって毎日食べられるわけじゃない。日雇いや汚い仕事を見つけては、何とか生き繋いできたんだ」
過去を思い出したのか、苦々しく顔を歪める。が、それもほんの僅かの間で、すぐに表情は緩んだ。
「だけど、ある日、オレが熱を出して街中で倒れた。みんな見て見ぬ振りして、オレをゴミみたいに避けて通り過ぎていく中、たった一人だけ助けてくれた……。それがトバリさんだ。あの人だって、金なんて無いくせに。医者に連れて行って、薬買ってさ、元気になっても部屋に住まわせてくれたんだ……。仕事も紹介してくれた。ある程度、金が貯まるまで一緒に暮らそうって言ってくれて。そして、ジョーが孤児院を出る頃、オレは狭いけど自分でも借りられるだけの金が貯まった。ジョーと部屋を借りようとなった時、トバリさんが保証人になってくれたんだ。今はイオも一緒にそこで暮らしてる」
「今、君たちは何の仕事を?」
「王立公園の庭師の補助だ。やっすい賃金だけど、トバリさんが繋いでくれた縁だからよ……」
「そうか……」
アゼルの話を聞く限り、トバリと言う男が殺人を実行するとは思えない。
「そのトバリさんとやらは、いつから、何故命を狙われているんだ?」
ダレンの問いに、三人は表情を険しくさせた。黙ってしまったアゼルを見て、ダレンは言った。
「君たちが協力してくれたら、僕は君たちの恩人のトバリを助けてやれるかも知れない」
「どうやって?」
「それを考える為にも、僕は知らなくてはいけない。トバリに、何があったのか」
その言葉に、三人は顔を見合わせる。そこに会話はない。お互いの目を見て、その意志を確認しているのだ。黙って暫し待つと、決意したのかアゼルが強く頷けば、二人も頷いた。
視線がダレンに戻される。
「オレ達も、何故なのか分からないんだ。ただ、狙われているとハッキリ分かったのは、つい最近だ」
「最近? 最近、何があったんだ」
「それは、本人から聞いた方がいい」
「その本人は、今どこに?」
アゼルは黙って立ち上がった。
「さっき言ったこと、本当だろうな」
「……トバリの命を守ろう」
「なら、連れてってやるよ。だが、変な真似してみろ。オレ達との約束を破ったら、どんな手ぇ使ってでもアンタを殺す。脅しじゃねぇ。これは本気だ」
真っ直ぐ落ちてくる、子供とは思えない鋭い視線。ダレンは、その瞳から逸らす事なく一つ頷くと「わかった」と短く返した。
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