第65話 画家と探偵①


 連れて行かれた場所は、ダレンの借りた部屋より更に奥へ行った先。居留地でも一番外れにある小さなアパートだった。

 トバリの住むアパート同様、異国とレイルスロー王国を掛け合わせた造り。違いといえば、壁中に蔦が這っており、辺りが暗くなってから見るその姿は異様で、不気味さを感じる。

 

 アゼルが先頭を歩き、ダレンが続く。その後ろから、イオとジョーが続いた。

 部屋は一階の奥にあった。アゼルはドアの鍵を開けようとしたが、ふと動きを止めダレンを振り返る。


「オレが先にトバリさんと話をするから、少し待っていてくれ」


 その申し出に「わかった」と頷く。


 アゼルは頷き返すと、鍵を開けて部屋の中へ入って行った。

 数分後、アゼルがドアを開けダレンに入る様に促した。

 玄関を入ってすぐ左手側にキッチンがあり、右手側に扉がひとつある。部屋はその先に見えた。入ろうとした時、アゼルに靴を脱ぐように言われ、ボロボロのスリッパを差し出された。ダレンはそれに従いスリッパを履いてキッチンを通り、部屋の奥へ向かう。

 部屋は一部屋。二段ベットが部屋の半分を占めている。残された半分のスペースにローテーブルがあり、窓際を背に座っている男が一人。


 後ろ髪が長い男は、その艶のある美しい黒髪を一本に結って、左肩に流している。目に掛かる前髪からは、辛うじてその瞳が見えた。

 その色は榛色をしており、顔付きもどちらかと言えばレイルスロー王国の人間に近い。

 座っているため身長は分からないが、体型からして長身であろうと分かる。その顔立ちは整っており、前髪の隙間から見える凛々しい眉が男らしいが、どこの国の人間なのかと興味を持たれる事だろう。不思議な魅力がある男だった。

 男は穏やかな瞳でダレンを見つめ、口を開いた。


「私に会いたいというのは、貴方ですね」


 男性にしては若干高めの声。柔らかく、濁りのない聞き取りやすい声だ。ダレンは一つ頷くと、嘘をつく事なく自分の名を告げた。


「私はダレン・オスカー。探偵です」

「私はトバリ・ソーヤ。まずは、子供達が世話になったようですね。どうもありがとう。それで……貴族の方が私に、どんなご用で?」


 トバリ・ソーヤという男。


 この男は、犯人じゃ無い。


 ダレンの頭の中に浮かんだ言葉。それは、長年の探偵としての勘が、そう告げたのだった。




 

 狭い部屋の中に、トバリとダレンは対面に座っていた。絨毯の敷かれた床に、薄いクッションを尻に敷いている。それは、東の国の風習である。


 アゼル達には、席を外してもらった。

 三人はトバリがダレンと二人きりになる事を反対したが、トバリが「私は、彼と二人だけで話したい」と言えば、三人は押し黙った。

 仕方なしにといった風に部屋を出て行く三人を見送った後、トバリは部屋の鍵を閉めた。


「アゼルから、とある人物から依頼を受けて、私に繋がったと聞いてます。とある人物とは、誰のことか聞いても?」


 トバリの声は静かだ。聞く者の気持ちを冷静にさせる方法を知っているのだろうかと思うほと、落ち着いた声だ。高くても耳障りでは無い、不思議さがある。

 ダレンは問に対して、即座に小さく首を横に振る。


「申し訳ない。契約上、依頼人の名前は言えない」


 その答えに、トバリは何がおかしいのか、小さく笑った。ダレンは黙って彼を見つめる。

 伏せ目がちの彼の顔は、やはりレイルスロー王国の人間の血が流れているのでは無いかと、頭の隅で思う。


「謝らなくて良いですよ。もし、貴方があっさり名前を言っていたら、私は貴方を信用しなかった」

「……」

「私に繋がったとは何か、それは聞いてもいいですか?」


 その問いには、ダレンは頷いた。


「絵です」

「……絵画の、ですか?」

「はい。貴方の描いた絵です。恐らく、何かのモチーフとして使用したいと依頼があった物では無いかと」

「モチーフ……どんな絵でしたか?」

「花や動物です。一枚の便箋用紙程の大きさの紙に十八枚程、描いた記憶は無いですか?」


 トバリはゆっくり首を傾げ、視線を落とす。記憶を辿っているのか、視線が僅かに左右に動く。何かを思い出したのか、瞬きを数回繰り返してからダレンに視線を向けた。


「もしかして、その絵は鼠や鳥などの動物、あとは薔薇やトゲクサなどの花ですか?」

「ええ、その通りです」


 頷けば、トバリは小さく首を縦に数回振る。


「確かに。随分と前に、その様な依頼を受けました」

「随分前に? それは、いつ頃ですか?」

「いつだったか……私の部屋へ帰れば、依頼書があるのですが……確か、一年以上前だった様に記憶しています」

「どの様な依頼内容でしたか?」


 トバリは思い出そうとしているのか、僅かに首を傾げ眉間に皺を寄せながら答える。


「確か、雑貨店を開店予定で、その店の包装紙に使いたいと。話題性を考えて、買うたびに違う絵柄だと喜ばれるだろうからと、色々なモチーフの包装紙を作るために、一枚の紙に一つの絵を描いて欲しいと言われました。それで、相手から指定された絵柄を、依頼者から渡された便箋用紙サイズの紙に描いたのです」

「依頼者から、紙を渡された……」

「ええ。まだ、公には発表されていな印刷方法で行うと言われました。何でもシルクに転写して印刷するのだとか。その転写に適した紙だと言われました」


 ダレンは手紙の紙質を思い出していた。薄く上質な紙である事は確かだった。トバリのいう最新の印刷技術がどんな物か分からないが、相手が用意した紙であるのならば、もっと観察すれば何か手掛かりが見つかるかも知れないと考えた。後でエリックに連絡をして確かめようと考えつつ、今は目の前の男から情報を聞き出す事が先だと思考を切り替える。


「依頼は、どの様に受けたのですか?」

「日曜礼拝で、知人を介して依頼を受けました。私は、よく王立公園で絵を描いていたので、依頼主の方はそれを見かけた事があると」

「依頼主の方とは会った事は?」

「いえ、それは無いのです。とても多忙な方だと言われて、全て手紙でやり取りをしていました。現物を渡す時だけ、依頼主の使いの方と会いましたが、それ以外は一度も」

「その使いの人物とは、どこで会ったのです?ら」

「プラナス教会です」

「プラナス教会……」

「ええ。日曜礼拝へ行く時で良いと言われて。私がプラナス教会の日曜礼拝へ行く事は、紹介してくれた知人に聞いて知っていた様です。実は、私は礼拝そっちのけで。あそこのステンドグラスを、オルガンの音色と共に眺めるのが好きなので、よく行くのですよ」


 トバリは眉を下げ小さく笑う。彼の表情や仕草からは、今のところ嘘は見えない。


 プラナス教会。


 エリックやフィーリアが巻き込まれた【子供の神隠し】事件以来、教会の関係者は総入れ替えされ、今では以前の様な事が起きない様に警察が頻繁に出入りしている。

 そんなプラナス教会で再び何かが起きようとしているのか。

 ダレンは先程よりも気を引き締め、トバリと向き合った。

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