第62話 作戦
その日の夕方、フィーリアとウィリスはエリックを公爵家に置いてダレンの家へ帰って行った。
公爵家の夕食の席。
食堂には、エドガーとエリックだけで食事をしていた。クロエは「少々疲れた」との事で、先に休んでいる。
「オスカー殿の指示は、貴方にクロエの恋人役として街を歩く様にと言われたが、その様な事をして何になるのだろうか」
エドガーは、毒味の終えた料理から順に口に運ぶ。エリックはそれを見て、これが毎日、毎食となると食事を楽しめないだろうと、頭の隅で思いながら、普段と比べて上品にカトラリーを扱い、肉を口に運ぶ。
「オスカーは、手紙の送り主がクロエ嬢に恋慕していると読みました。理由は、あの種です」
「クロエ宛に入っていた、種か?」
「はい」
「あれは、何だったのか分かったのか?」
「ええ。あれは、木蔓の種でした。木蔓の言葉は【永遠の愛】という意味がありました」
「永遠の、愛? ……裏の意味は? 他の物同様に、裏の意味もあるのだろう?」
「ええ、裏の意味もあります。一応」
「一応?」
エドガーは食事の手を止め、エリックを見遣る。
「はい。木蔓の言葉だけ、少し異質です。意味は【死んでも離れない】。これに対し私もオスカーも、強い執着を感じ取りました。そんな相手であれば、この家を今でも見張っている可能性があります。今回、オスカーは私を恋人役に見立てて、相手が出て来た所を捕らえようとしているかと」
「なるほど……。だが、それではクロエが危険なのでは……」
心配気に顔を顰めるエドガーに、エリックはそっと口角を上げてみせる。
「その点は安心してください。エドガー殿も良く知るオスカーの兄上であるディラン様が協力して下さる事になっています」
「マイルズ侯爵家の? それは……驚きだが。確かに、素晴らしい護衛だ……」
「ええ。それに、私自身もディラン様に剣や体術の指導を頂いています」
「そうなのか……。それは頼もしい」
「それと、私は今夜、寝ずに調査させて頂きたい。今夜すぐに何かがあるとは思いませんが、念のため」
「ああ、分かった。よろしく頼む」
少し安心出来たのか、再び食事を始めたエドガーを見て、エリックも手を動かし、料理を口に運んだ。
こんな時だが、思わず料理を堪能してしまう自分に「美味いものには、どんな境界線もない」と、一人頭の片隅で思う。ダレンが聞いたら「また訳の分からない事を」と言われるだろうとも思いながら。
しかし、ダレンの料理や街のレストランでは出てこない、初めて食べる料理に、罪はない。美味い料理に思わず笑みを浮かべ頬張ると、クスクスと笑い声が聞こえた。
視線を向ければ、エドガーが片手を口元に当て笑っている。
「すまない。君はその。とても美味しそうに食べるな」
その言葉に、エリックは頬と耳を赤くして照れ笑いをしたのだった。
♢
ダレンは東の居留地に借りたアパートの一室から、トバリ・ソーヤの部屋を見ていた。
今日一日張り込みをしていたが、トバリの部屋には誰も来なかった。
夕方になる前に、ダレンは夕飯と明日の朝用の食材を買いに行こうと部屋を出た。
アパートの一階は新聞や煙草、そして酒が販売されており、つまみになる様な食べ物はあったが、食事に適した食材は無いため、少し歩いて中心部までやって来た。
その間、何となく誰かに尾けられている気配を感じながらも、気が付かないフリをして買い物をした。
買うものを買って店を出て、空を見上げれば、少し雨が降りそうな空模様に変わっている。ダレンは傘を買うかどうか暫し思案し、店に戻った。
傘を一本買い、店を出る。それをステッキの様にして、傘の先を地面につけながら歩いた。
歩幅を数えながら、慎重に後を尾けてくる相手の足音を聴き分ける。自分よりも歩数が多いと分かれば、相手が自分より小柄だと判断できるし、同じくらいであれば、上背があると分かる。相手はどうやら前者の様だった。
傘を買ったのは、雨の為ではない。家を出てから感じる、妙な気配に対してだ。店を出て空模様を見上げたのは、武器として使うのではないと、相手に油断させるため。
この地区は、決して治安が良いとは言えない地区だ。中心部であれば、昼間なら観光客も多く出歩いているせいか、そこまで慎重になる必要は無いが、中心部から離れた夕方以降の場所は、ある程度気を付けなくてはならない。
部屋の近くに小さな店でもあるだろうと思い、すぐ帰るつもりでいた為に、今日は銃を持っていなかった。今のダレンは、武器となる物を何も持っていない。
(僕とした事が……油断したな。尾いてきているのは……二人、か……)
ダレンが角を曲がろうとした、その瞬間。
路地から腕が伸ばされ、荷物が地面に落ち、食材が散らばる。
ダレンは小さく舌打ちし、素早く傘を足元に落とすと、相手は壁にダレンの身体を叩きつけた。
片腕を捻り上げ後ろ手に拘束され、胸を壁に強く押し付けられる。少し抵抗し踠くと、相手の拘束が甘く素人だと気が付いた。が、背中に硬い何かが当たった事で、下手に抵抗せず一旦様子を見る事にした。
「兄ちゃんよぉ、あんた、
その声は、どこか幼さを感じる。
背中に当たる何かも、ダレンが知るそれとは異なる感触。恐らく銃では無いだろうと判断した。
「私に何者かと聞くのなら、君が何者か名乗る方が筋じゃないか?」
「兄ちゃん、何余裕ぶっこいてんだよ。こっちは銃突きつけてんだぜ? 口答えしてねぇで、俺の質問にだけ答えてりゃぁ良いんだよ。もう一度訊く。あんた、何者だ?」
「単なる物好きな貴族の次男だ」
「この街で何をしてる」
「次男なんでね。何の責任もなく、自由気ままに好きな事をしている。東の国に興味があって、ここで疑似体験しようと思っているだけだ」
ダレンの返答に納得がいかないのか「嘘をつけ!」と更に壁に身体を押し付ける。
「なぜ私が嘘をつく必要がある」
「トバリさんの家に、昨日来ていたな」
その言葉に、ダレンはひっそりと口角を持ち上げた。
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