第103話 問答
ニコニコと笑みを湛えている不審な男は、ダレンの問いに答える気が無いようだった。
待っても返答がない事に、ダレンは短く息を吐くと、その顔は何の感情も読み取れないものに変わった。
「トバリ・ソーヤと親類縁者か?」
静かに訊くダレンに、男はわざとらしく大きく目を見開く。
『何故、そう思う?』
ダレンは男の返答に口の端だけで一瞬笑みを浮かべたが、すぐに消える。
その頭の中では別のことを気にしていた。
男の声が聞こえるにも関わらず、口が動いてないのだ。
相変わらず頭の中に響く男の声。仕草からして、目の前の男の声であろう事は間違いない。あのトバリと関係があるのであれば、目の前の男が魔法を使える事に不思議はない。
「君の年齢からして、イトコか……もしくは、歳の離れたキョウダイか。どちらにせよ、血の繋がりはあるのだろう」
『僕は、何も答えていないけど? その男と僕に、何故繋がりがあると思うのさ』
「僕の質問に、君は『何故、そう思う』と言った。トバリを知っている人間の返しだ。そしてたった今、君が放った言葉。僕は、トバリを『男』とは言っていないのにも関わらず、男と判断したろ。もしくは、さっきから僕の思考を覗いていて分かっただけか?」
『従兄弟か兄弟と言われたからさ』
「イトコもキョウダイも、男女問わず呼べる言葉だ」
『女性なら姉妹がある』
「君は男だ。男女ならば、キョウダイというだろ」
次から次へと間を空けることなく、先読みする様に答えるダレンに、男は思わずフフッと声を上げ笑う。
『そうは言っても、僕が知らない人物かも知れないとは、思わないの?』
「知らなければ、初めから『それは誰のことだ』と訊くだろう」
『“それは誰の事だろうか?“』
「今更だ」
『本当に知らないんだけどなぁ』
ダレンは男の言葉を無視し、ゆっくりと彼の周りを歩き出した。男はその場に立ったまま、首だけを動かしダレンの様子を伺っている。
『ねぇ、僕からも質問をいいかな?』
問い掛ける男に「さっきからしてるだろ」と答えつつ、頭から爪先までを観察する。後手に組まれた手は、汚れのない随分と真っ白な手袋を嵌めている。
『君は、何故ここへ来たんだい? 知りたい事は見つかった?』
男はダレンの反応を無視して語りかける。
『この国の童話を調べに来たんだろう? その割に、頭の中は別のことが気になって仕方ない。それは、何故?』
「……童話ではない。この国の歴史だ」
『魔法が存在しないこの国に、魔法があったと。それを、君は信じているのかい?』
「……僕の思考が読み取れているんだろう? なら、分かっているのでは?」
男は楽しげな笑みをそのままに、ひとつ頷く。
『では何故、信じられるんだい?』
観察の邪魔をしたいのか、気を散らせる為なのか、男は会話を止めようとはしない。
ダレンはピタリと男の真後ろに立ち止まり「たった今、体感してるからだ」と短く応えた。その返答に、男は相変わらず振り向きもせず顔だけ横に向け、目の端でダレンを見ると、短く笑った。
『君、見かけによらず、乙女な心を持っているんだね。これは何とも
クツクツと笑う男の横顔を見ながら、ダレンは口を開いた。
「この部屋も、この国には無いはずの【魔法】が掛けられている」
『あの王女の言葉を信じるの?』
マリーの事だと分かり「ああ」と短く返事をすれば、男は『へぇ』と笑う。
『あの王女は、人を揶揄う事が好きなお方だ。嘘かも知れないだろ? 魔法なんかじゃ無かったら? ただの手品かもとは、思わないの?』
「彼女のことを、よく知っているな。僕をこの場所へ引っ張って来たのは、君だろ? 君は何者だ? 魔法使い? 何故ここにいる?」
『僕の質問に対して、いくつもの質問で返すんだ』
「最初の僕の質問にも、君は答えていないだろ?」
『フフ。なるほど。まぁ、いいや。僕が何者か。なら、その前に。これだけは教えてよ。はじめに僕に対して【お前】と言ったのが【君】に変わったのは、どういった心変わり?』
「さぁ、何故だろうな」
澄まし顔で小首を傾げるダレンに『どうも、君は随分と難解な思考を持っているね。急に覗けなくなったや……』と呟いた。
さっきまで、あんなにハッキリと聞き取れた男の声が、急にモゴモゴとこもる。そのモゴモゴと呟く声は、ダレンには聞き取れなかった。
ダレンはそれを追及する事もなく、観察を再開した。
一切の汚れのないショートブーツ。踵の減りもなく、真新しい物に見える。そして。
ダレンはある事に気が付き、自分の足元を見る。自分にはある物が、彼には無い。その事にダレンの脳内は、またもや冷静さを失いそうになった。
奥歯をグッと噛み締め、深い碧の瞳が閉じられる。
受け入れ難いと思っても、受け入れるしか無い目の前の現実を。
「一部の発言を撤回しよう」
『ほぉ? それは何?』
振り向きもせずクスクスと笑っていた男が、
ゆっくり振り返る。真正面からダレンを見上げるその顔は、口元は笑みを残しているが、その目は好奇に溢れ、見開かれている。
ダレンはスッと一つ、大きく息を吸うと、口を開いた。
「君は本当に、人間か?」
二人の気配以外、無音の保管庫に、ダレンの声だけが、やけに響いたのだった。
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