第35話 最高の一日②


 そんなこんなで、一旦、カリッサ教会に寄ってもらってから、みんなでセンター街へ向かう事になった。もうすぐ【冬の女神様】の祭りが近いせいか、街は普段は無い飾り付けで煌びやかだ。

 センター街へ到着すると、四人は当てもなくブラブラと街を歩く。


「エリックに必要な物は全て買い揃えているかなぁ……」


 ダレンが独り言の様に呟きながら、ショーウィンドウを覗く。キャロルがエリックに欲しい物を訊ねたが、瞬時には思い付か無い様で、さっきから腕を組んで悩んでいる。

 キャロルはエリックが遠慮していると思ったようで「遠慮しないでいいのよ」と言ったが、ダレンが見る限り、遠慮では無く、本当に思い付かないのだと感じた。


「リックは、どんな事に興味がある? 例えば、難しい本を読むとか、楽器に興味があるとか」

「本は、ダレンさんが沢山買ってくれているので、今はじゅうぶん満足しています。楽器は……教会で何度か演奏はしましたが、そこまで好きでも無かったかなぁ……。どちらかというと、苦手で」


 そう言うと、エリックは再び唸り声を上げながら考え始める。


「とりあえず、どこか店に入ってみたらどうだ? ほら、この雑貨屋なんか色々ありそうだ」


 ダレンが指差した雑貨屋のウィンドウをみんなで覗き込む。

 女の子が好む雑貨から男の子が興味を持ちそうな物まで様々だ。

 ダレンの言う通り、一旦店へ入る事にした一行は、店のドアを開けた。


 店は二階建てで奥行きのある店内。一階だけでも所狭しと色々な雑貨が置いてある。

 二階から見てみようとなり、店の奥へ向かうと、階段の手間に沢山のぬいぐるみが綺麗に飾られていた。

 キャロル、エリックと階段を上っていき、ダレンはフィーリアが居ないと気づき振り向く。

 フィーリアはダレンの真後ろで、綺麗に並ぶぬいぐるみを見つめていた。


「何か、欲しい物があったか?」


 ダレンはフィーリアの頭に手を乗せて訊ねた。フィーリアは、ぬいぐるみからダレンへと視線を向け、黙ったまま小さく首を横に振る。


(ああ、この子の方が欲しい物を欲しいと言うのが下手かも知れないな……)


「何かあれば、教えてくれ。いいね?」


 フィーリアはダレンの言葉にコクリと頷いただけだった。ダレンはフィーリアの手を取って二階へ向かった。その際、フィーリアの視線を辿ると、その先に青いリボンを付けた熊のぬいぐるみがあった。

 ダレンはそのまま気付かないフリをしてキャロル達に合流したのだった。



 店の中に入って探すのは正解だった。

 エリックはホクホク顔でプレゼントを両腕で大切に抱えている。重たいであろうと、ダレンが持とうとしたが、エリックは自分で持って帰りたいと言った。

 彼がキャロルに買ってもらったのは、顕微鏡だ。

 高価な物だけに、最初はエリックも言い出せずにいた様だが、何度も顕微鏡の前に行っては中を覗き込むので、キャロルがそれを買ったのだ。といっても、ダレンも半分金を出したが。


「キャロル様、ダレンさん、ありがとうございます! 大切に使います!」

「良いのよ、誕生日なんだから。それに、それだけ喜んで貰えると、私も嬉しいわ」

「えへへへ」


 嬉しそうに笑うエリックの横で、キャロルに手を引かれて歩くフィーリアの手には、あのぬいぐるみは無い。

 その代わり、小さな紙袋を大切そうに持っている。彼女がダレンから買ってもらったものだ。中には、ダレンの瞳に良く似た色の小さな石が嵌め込まれた髪飾りだ。随分と安かったので、屑石を使っているのだろうが、本物の石で間違いは無いらしい。ダレンがルーペで石を覗き込み、確認したのである。

 十歳の少女には少々大人びたものではあったが、本人が選んだ物なので購入をしたのだった。

 次は夕食用の食材を買いに行こうとした、その時だった。

 ダレンの背中にゾクリと悪寒が走った。そして、振り向こうとした瞬間。


「ダレンっ!!!」

「うわぁ!!」


 後ろから羽交締めする様に抱き締められる。


「ぐぅっ……!! ディ……ランッ!! はな、せっ!!」

「何となく午後を休暇にしたんだ! 何となくセンターに来てみようって思ったら、こういう事だったとは!! ダレン! 俺に会いたかったんだね! だからテレパシーを送ってくれたんだろ?」

「なにを、訳の分からない、こと……をっ!!」


 突如現れた男を、エリックとフィーリアは口をぽかんと開け、ひたすら驚き眺めた。


 どうにかディランの拘束から逃れると、素早くディランから距離を置き、ゼェハァと息を吐く。


「ディラン、相変わらずねぇ、貴方」


 キャロルが苦笑いしながら言うと「おや? キミも居たの」とディランは澄ました顔をしてキャロルを見た。

 そして連れている黒髪の少女に視線を移す。

 ちなみに、ディランはフィーリアが【女神の愛し子】とは知らない。


「君か。キャロルとアーサーの養子になったって子」

「そう。会うのは初めてだったわね」

「いや。事件の時に顔だけは見た。ダレンに抱っこされていたから、よぉ〜く覚えているよ」


 何故か握り拳を作り震わせるディランを、キャロルは若干引き気味に笑う。こんな幼い子供にまで妬きもちを抱くとは、と思っていると。


「後日、アーサーから話を聞いた時に会ってみたいとは言っていたんだよ。だけど、アーサーが合わせたがらないから」


 その言葉に、何となくダレンは納得しながら遠巻きに見ていた。キャロルも同意見だったのか、呆れた様に「なるほどね」と頷く。が、直ぐに気を取り直し、フィーリアにディランを紹介した。


「前に少し話した事があるわよね。ダレンのお兄様のマイルズ侯爵家の嫡男で次期侯爵のディラン様よ」

さまは、よせ。キャロルと俺は、甥と叔母の関係じゃないか」


 間違いではないが、「叔母」と呼ばれてキャロルは一瞬ピクリと頬を引き攣らせる。だが、何も言わず咳払いを一つすると。


「……。さぁ、フィーリア、ご挨拶して?」


 キャロルに促され、フィーリアは若干、怖がっている様子でディランの前に出た。


「初めまして、マイルズ次期侯爵様。フィーリアと申します」と、丁寧にお辞儀をする。

 若干ぎこちなさがあり、その瞳は、まだ不安さが隠しきれていない。それを見たディランは、膝をついてフィーリアに視線を合わせた。実に紳士的に。そして、騎士の挨拶をして見せたのだ。


 それを見たダレンとキャロルは、内心ギョッとした。が、顔に出さないよう努めた。

 ディランは鼻が効く。ダレン達が何も言わないだけで、それまで養子を持たなかったキャロル達が突然、子供を迎え入れた事に『この子には、何かしらの理由がある』と勘付いているかの様な振る舞いだ。


 初めて騎士の挨拶を間近で見たフィーリアは、見る見るうちに頬を染め、キラキラとした瞳でディランを見つめた。

 それを見たダレンは、この二人は思いの外、仲良くなれそうだな、と心の隅でホッと息を吐いたのだった。

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