第34話 最高の一日①
エリックはダレンの部屋で、朝からモリモリと朝食を取っていた。
今朝のメニューは、目玉焼きと厚切りベーコンをパンに乗せて塩胡椒をかけたものと林檎、そして魚介のスープにサラダとミートパイ。
ダレンは朝は食べずにコーヒーだけで済ませるため、エリックだけの為に用意された朝食だ。そのテーブルの上には、一人前にしては、そこそこ多い量の食事が並ぶ。
エリックは毎食ダレンの手作り料理を堪能しては、毎日毎食「最高!」「これ好きです!」「旨い!」と言いながら食べる。
その事が余程嬉しいのか、ダレンは今まで、そこまで凝った料理はしなかったが、最近は仕事が無い時には、夕食に少し凝ったモノを出す様になった。その変化に、エリック自身も気が付いてはいたが、本当に美味しいのだから、止められない。これからもお世辞では無い「旨い!」を言い続けるだろうと、エリックは感じていた。
ダレンからしたら、エリックの食べっぷりは見ているだけで気持ちが良い。作法もすぐに覚え、器用にカトラリーを使う所作は、初めて一緒に食べた時とは比べ物にならない程、綺麗になった。これなら、作り甲斐もあるというものだ。
ダレンと同じアパートに暮らし始めてからというもの、エリックの肌艶は見るからに良くなり、頬もふっくらとしてきた。前までが痩せすぎていたくらいで、今は丁度いい。
ダレンと共にトレーニングもする様になったせいか、少しずつ体型もしっかりして来た。
たまにカリッサ教会へ顔を見せに行くと、エリックが日に日に見違えていく姿に、ダレンは院長から何度も礼を言われるのだ。
エリックは、今日も朝食後にカリッサ教会へ行く予定だった。教会新聞の配達をしていたのは、今までエリックだけだったため、次の当番となった児童に道順を教える事になっていた。
食事を終えてエリックが自分の食べた食器を片付けいると、ダレンの部屋のドアベルが鳴った。
丁度、食器を拭き終えたため、エリックが「ダレンさん、オレ、出て来ますね」と、言って共同玄関へ向かった。
ダレンの助手いや、弟子になったエリックだが、ダレンからのお願いで敬称の「様」を止めて「さん」に変わった。
本当は「呼び捨てで良い」と言われているが、それはエリックには出来ないお願いだった。何故なら、エリックにとってダレンは「ヒーロー」だからだ。
階段を降りドアを開けると、そこにはキャロルとフィーリアの姿が。
「「リック! お誕生日おめでとう!!」」
声を合わせクラッカーが放たれる。
「わぁ!! え! なに?」
突然の破裂音と自分に絡み付く紙に目をパチクリさせるエリックに、二人は声を揃え笑う。
「何があった!? 大丈夫か!?」
破裂音に驚いたのか、ダレンが階段を駆け降りて来た。
「あ、ダレン、おはよう」
「ダレン、おはよう」
階段途中から「ああ、なんだ。キャロル達のイタズラか」と、ゆっくり降り出す。キャロルはニコニコとしながらダレンを見上げる。その隣りでフィーリアもニコニコ顔だ。
黒髪はアーサーと同じだが、フィーリアには金色が混ざっているとはいえ、緑の瞳はキャロルと同じだ。その二人の良く似た顔を見て、この二人を親子にして正解だったなと、ダレンは一人思った。
「ダレン、今日は何の日か知ってる?」
「ん? 何の日って?」
「もぉ! 本っ当、私の周りの男達は、何で記念日や誕生日を忘れがちなのかしら!」
「ちょっと待て。アーサーはともかく、僕まで一緒にしないでくれないか?」
「あら。じゃあ、今日が何の日なのかくらい、答えられなきゃ」
キャロルが不服そうに口を尖らせ、ジトリと見て来る。
ダレンは溜め息を吐くと「まぁ、とりあえず、此処ではなんだ。二階へどうぞ」と、自分の部屋へ二人を招いた。
「それで? 今日は何の日ですか? ダレンさん?」
キャロルの問いに、ダレンはキッチンへと入って行くと、暫くして出て来た。
その手には、ホールケーキを持って……。
部屋は違えど、エリックが一緒に暮らす様になって、キャロルは仕事以外でもフィーリアを連れて来る頻度も増え、ダレンはリビングのテーブルを大きなものに買い替えた。二人掛けのテーブルから六人掛けのテーブルになったその上に、ホールケーキをそっと置く。
ケーキの上には、クッキーにチョコレートで【エリック 15歳の誕生日 おめでとう】と、書かれていた。
「ダレン、このケーキ、どうしたの?」
キャロルが驚いた様子で訊ねる。
「その前に! 僕はエリックの誕生日を忘れていないという事に、なんの感想も無いのか!」
「ああ……そうね、そうだった……。偉いわ、ダレン……」
「……何故だろう。全く嬉しく無い」
呆然とした褒め言葉に、ダレンは半目でキャロルを見つめるが、キャロルはそれどころじゃない様で、ただただホールケーキを見つめている。
ケーキはチョコレートケーキの様で、色は黒かったが、チョコレートでコーティングしているのか、表面は艶があり綺麗だ。
エリックがチョコレートを殊の外気に入っているのに気が付いていたダレンは、エリックの為に自らの手で作ったのだ。
どこにも売っていない、エリックだけのダレンからのプレゼントであった。
「ケーキは、僕が昨晩、作ったんだ」
「「「え!? ダレン(さん)の手作り!?」」」
「何故、全員で声を揃えて驚くんだ……」
「だ、ダレンさん、これオレのために、作ってくれたんですか?」
「もちろん。店で買おうかと思ったが、理想的なケーキに出会えなくてな。だったら自分で作ってみようかと思って作ってみたら、これが以外にも楽しくてな。今夜、出そうと思っていたが……。こんな形でサプライズが出来なくなってしまったが。改めて、エリック、誕生日おめでとう」
ダレンからの思いがけ無いプレゼントに、エリックの目は涙が溜まった。
教会で孤児として暮らしていた時は、涙など人前で見せた事はない。ましてや、それを流すなどエリックの記憶の中には一度も無かった。それがどうだ。ダレンと知り合ってから、エリックは涙脆くなったように、涙が出る。
エリックは涙を流すまいと、服の袖で素早く拭うと「ありがとうございます!」と元気よく応えた。
「ねぇ、ダレン! 今夜ここでパーティしましょうよ!」
「パーティ?」
「そう! アーサーも呼んでリックの誕生日パーティ!」
キャロルの提案を、ダレンは断ろうとしたがエリックが「楽しそうです!」と言った事で言葉を飲み込んだ。
「と、その前に! リック、今日は貴方にプレゼントを買おうと思って、私達は貴方を此処へ迎えに来たのよ!」
「え? そんな、祝って貰うだけでじゅうぶんです!」
キャロルに向かって両手を振り断るエリックに、ダレンは「行ってこい」と言った。
「何でも欲しいものを買ってもらえ。教会へは、僕から連絡しておくよ」
「あら、ダレンも一緒に行くのよ?」
「え? 僕も?」
「当然よ」
キャロルはニヤリと口角を上げる。その顔を見てダレンは察した。
あ、これは僕に金を出させるのだな、と。
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