閑話 フィーリアとエリックの誕生日
第33話 ここで生きていく
終始ニコニコとしながらダレンの隣りに座るフィーリアを、キャロルは蕩けるような表情で眺めなが「うんうん」と、一人頷いている。
「あ、美人のお兄さんね、ちょっとだけ右に寄ってください。あ、そう、その位置で立っててくださいねぇ。可愛いお嬢ちゃんは、そのまま座ってニッコリね」
男が機材を弄りながら、ダレンとフィーリアに指示をする。
「キャロル」
「ん〜? なぁに? ダレン」
「これは、何だ」
「何って、写真撮影」
ダレン、キャロル、フィーリア、そしてアーサーとエリックは、写真館へ来ていた。
「わかってる。僕が聞いているのは、そこじゃない。何故、アワーズ家の家族写真撮りに、僕達が呼び出され、何故僕がフィーリアと二人で写真を撮られなきゃいけないんだ」
「はい、次撮りますからね。美人のお兄さん、その顰めっ面、にっこりぃ」
写真館の亭主が言うと、キャロルがその隣で満面の笑みを浮かべながら、両手の人差し指を頬に当て「はい、ダレン! ニッコリ〜」と言う。
それを見るアーサーとエリックの顔まで、何故か笑顔だ。いや、笑顔というより、笑いを堪えている、という方が正しいだろう。
「ダレン、ダレン」
「ん? 何だ?」
フィーリアに名を呼ばれ、ダレンはフィーリアに顔を向ける。
「あ、良いですねぇ! そのまま見つめ合ってて下さいね!」
思いがけず、見つめ合ったまま停止する二人。一枚撮るのに約三分近くを止まっていなくてはいけない。
フィーリアはただ、ダレンに話しかけたかっただけだった。それが、こんなにも、ただ黙って見つめ合うとは。
フィーリアは、徐々に顔を赤くさせ、瞳が潤んだきた。その変化に、ダレンは心配する様に僅かに眉が寄る。
「フィーリア、大丈夫か? 顔が赤いぞ」
「……」
「フィーリア? 体調が悪いのか?」
「……」
「フィーリア!?」
フィーリアは、嬉しさと緊張と恥ずかしさが高まり過ぎて……失神した。
♢♢
懐かしい香りがする。真綿に包み込まれるように、暖かく優しい空気。
冬にしては、今日は良く晴れていて、とても暖かい日だ。
フィーリアは、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「気が付いたか?」
「……!!??」
上からダレンの声が落ちてきて、フィーリアは驚き勢いよく起き上がった。
「こらこら、そんな急に動くと危ないぞ。もう少し横になっていろ」
そう言うと、ダレンはフィーリアの身体を優しく倒す。
(こ、これはっ!! ひ ざ ま く らっっ!!)
フィーリアが今し方まで頭を乗せていたのは、ダレンの膝だったのかと分かり、一気に顔が熱くなる。
「ほら、まだ体調悪いんだ。顔が赤い。みんな、今、軽食を買いに行っているから、もう少し寝ていろ。みんなが戻って来たら、起こしてやるから」
ぽんぽんと、優しく頭を撫でられる。
フィーリアはもう目を開けていられなくなり、固く目を閉じた。
さっき、チラリと見えた風景は木々が多くある場所で、ダレンは大きな木の下に腰を下ろしていたのを思い出した。
恐る恐るといった風に、そぉっと目を開ける。ダレンは両手を後ろについて、身体を支える様に座っている。その美しい顔は、上を見上げ木々の葉を見ている様だった。
冬なのに葉が付いている。葉の形をじっと見つめると、常緑木なのだと分かった。いつだったか、木の精霊様に教えてもらった木と良く似ていると、フィーリアは懐かしい思い出に目を細め、木々の間から降り注ぐ光を眺めた。光の妖精様が、キラキラと舞ってるようだと、フィーリアは懐かしい感覚に微笑んだ。
ダレンがフィーリアの瞳を「木漏れ日みたい」と表現してくれて、それからダレンが好きだと思った。
ダレンからしたら、フィーリアは年の離れた妹の様なのかも知れない。
観察眼の優れている男が、フィーリアの恋心に全くと言って良いほど気が付いていないのだから。
「……国にいた時、こうやって木の下で寝転ぶのが、好きだったの」
小さな独り言の様な声に、ダレンは自分の膝の上で横になっているフィーリアに、視線を向けた。
フィーリアは、木の葉の間から溢れる光に手を伸ばす。
「……木の精霊様は、とても物知りで優しくて。土の精霊様は、いつも花が咲く時期と場所を教えてくれて……。妖精様が生まれる瞬間を、聖女候補の二人と見たこともある……」
ふと、フィーリアの目元をダレンの指先が触れる。
「帰りたくなったか?」
その問いに、フィーリアは自分が泣いているのだと気が付いた。
「ううん」
レイルスロー王国へ運ばれて、今日で二ヶ月と三日。
フィーリアの誕生日だ。
誕生日には、精霊様達が集まってお祝いをしてくれるのだ。額にその日から一年が無事に過ごせる様に加護をくれるのだ。
フィーリアは、自分の額に手を当てた。
もう、二度と。精霊様達から祝ってもらう事も、加護を貰うこともないのだ。そう思うと、何故だか涙が止まらなくなった。
ダレンは何も言わずに、優しく頭を撫でてくれる。
「……毎年、誕生日には、精霊様達が、おでこにキスをくれるの。……この一年が、良い年になりますようにって……。でも、もう貰えない……」
フィーリアは両手で顔を覆い、泣き顔を隠した。
「フィーリア」
「……」
「ここでは、確かに妖精や精霊は居ないから、彼等から祝いを貰うのは出来ないかも知れない。だけどな。僕やキャロル達が居る。これから毎年、みんなでフィーリアの誕生日を祝ってやる。だから、泣くな。みんなが心配する」
「……」
「フィーリア」
ダレンの柔らかく安心出来る声が、フィーリアを呼ぶ。
フィーリアは手を離して、ダレンを見ようとした時。
目の前が真っ暗になり、額に柔らかなモノが当たった。
ダレンが離れると、視界が明るくなる。
フィーリアはダレンを見つめて、口をパクパク動かした。
「精霊様には敵わないが。フィーリアがこれからの一年が健やかに過ごせるように、願いを込めたぞ?」
ダレンは木漏れ日が溢れる木の下で、美しい笑顔をフィーリアに向け、そう言った。
フィーリアは額に震える手を当てる。
ダレンがくれたキスは、ほんの一瞬だったが、そこにだけ熱が籠る。まるで、精霊様がくれる加護のように。
「……ありがとう……ダレン」
「ああ。ほら、もう泣きやめ」
笑いながらフィーリアの涙を手で拭う。ダレンの手は、陽だまりみたいに暖かく、フィーリアはふんわりと笑顔を返した。
「ダレーン! 買って来たわよぉ!」
キャロルの声がする。
「ああ、おかえり。ご苦労さん」
フィーリアは、涙を素早く拭って起き上がった。
「お母様、おかえりなさい!」
「リア!」
キャロルが笑顔で近寄って来る。その後ろから、アーサーとエリックが大荷物を持って歩いて来た。
フィーリアは胸がいっぱいになり、その光景を目に焼き付けるように、眩しそうに瞳を細め見つめた。
(そうよ。ダレンが言った通り。これからは、お母様とお父様が一緒にいる。ダレンもエリックも。みんな一緒だわ。聖女様、精霊様達……わたし、この国で、きっと幸せになります。見守っていてくださいね……)
十歳になった日。
フィーリアは、この小さな身体で一人。
この国で生きていく、覚悟を決めたのだった。
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