第32話 オレにとってのヒーロー


 院長が暗殺された四日後。


 ダレンはディランに呼び出され、王宮へと向かった。王宮へ向かうダレンの足取りは、重たい。

 自分が殺害した訳では無いが、自分の手の中で亡くなったプラナス教会の院長を思うと、もっと上手くやれば彼が暗殺される事は無かったのではないかと考えてしまうのだ。

 

 プラナス教会の院長を暗殺した犯人も自害して、全てが綺麗に片が付いたわけでは無い。それが、余計にダレンを憂鬱な気持ちにさせた。


「ダレン、大丈夫か?」


 ディランは小切手をダレンに向けてローテーブルに置く。

 明らかに落ち込んだ様子の弟を心配し、眉間に皺を寄せ顔を覗き込む。


「大丈夫だ」


 そう言って、テーブルに置かれた王女陛下からの報酬を受け取る。


「あの毒矢に刻まれていたツバメの絵だが、再度、過去の犯罪歴を探しても出て来なかった。どちらにせよ、敢えて毒矢に柄を刻んだものを使用したという事は、俺たちに対する挑戦状の様にも感じる。継続して調べてみる」

「ああ、それが良いと僕も思う。暗殺までするんだ。組織的な事件であるのは間違いないだろう」

「そうだな。ダレン、お前も気を付けろ」

「ああ」


 普段であれば、鬱陶しい程に纏わりつくディランだが、こういう時は静かに見守ってくれる事が、ダレンには有り難かった。

 心配気に見送られながら、ダレンは王宮を去った。





 ディランと別れてから、その足でエリックの父親であるレイカー伯爵の屋敷へ向かった。


 返事の期限である、一週間が経ったからだ。




 伯爵はダレンの申し出を受け入れ、念書を認めた。


 伯爵はエリックに会いたがったが、正妻から良い顔をされず、その日に会う事は叶わなかった。だが「いずれ嫌でも会えますよ」とダレンが言えば、伯爵は若干、安心した様に微笑んだ。

 エリックへの支援を申し出たが、それはダレンが断った。名前を与えてもらえただけで、じゅうぶんだと伝え、後は自分に任せてくれと言い、伯爵家を出た。


 断った理由は一つ。

 伯爵の領地経営は上手く行っていないだろうからだ。

 国へ提出されている報告は、一見、問題無いように見えるが、実際には厳しい状況でやりくりしているのだと、ダレンは考えていた。

 伯爵は、それなりに身綺麗にしてはいたが、服装は何年も前に流行していたジャケットであり、靴底が随分と擦り減っていた。物を大切にする人物である。もしくは、単なるケチ。と、いうならばともかく、正妻や屋敷内の使用人達の様子を見る限り、やはり衣装が随分と草臥れていた。貴族は見栄を張るのが好きだ。外見さえ良くしておけば、どうにかなると思う節もある。

 だが、伯爵家のガーデンは、他のそれらと違い、質素な物だった。使用人を必要最低限の人数にしているのだろう。ガーデンまで手が回らないという事だと判断した。

 そうやって総合して見ると、恐らくエリックの養育費など出せるようには思えない。もし、出したとしても、正妻が良く思わないだろう。エリックが幸せになる事を、カリッサ教会の院長と約束をした以上、余計な恨みを買う必要はない。

 幸いにも、ダレンは金銭的な面では困っていない。エリック一人くらいなら、じゅうぶんに養っていける稼ぎがある。

 それに、伯爵が心配しなくても、がエリックの諸々を揃えるだろうと、ダレンは考えていた。



 ダレンは、そのもう一人の人物に合わなくてはと、その足で王都内で一番大きな商会へと向かった。


「オスカー子爵殿、本当にありがとう……」


 エリーゼの父、今は男爵の爵位を持つ、ブルック男爵にエリーゼの墓の場所を知らせた。

 そして、孫に当たるエリックを、ダレンが預かる事を伝えると、エリックに必要な物があれば商会で全て揃えると申し出た。


「娘に出来なかった事だ。そのくらいの償いを、私にさせてくれないか」


 その申し出はダレンが予想していた通りで、温もりのある物だった。

 ダレンは「是非」と受け入れ、今度、エリックを交えて一緒に食事をする事を約束したのだった。



 


 さらに時は流れ---

 事件解決から一ヶ月後。


 ダレンの精神はだいぶ回復していた。

 エリックを迎えいれると決めてから、気持ちを切り替えたのだ。レイカー伯爵からエリックの認知の手続きが完了した知らせを受けてから、エリックが住める様にアパートの一室を借り、生活に必要な家具などを揃えた。エリックが断る可能性など微塵も考えず、全てを整え終えてから、カリッサ教会へエリックを迎えに行った。


 伯爵が外の子供を認知したという噂は、あっという間に広まった。それに被せる様にダレンが恋物語を流したが、伯爵が心配していた様に一瞬だけ外聞の悪い物が流れそうになった。が、ダレンがアーサーやディランを使って更に愛ある夢物語として広めたおかげで、その一瞬の噂は色を変えて広まり、今では伯爵は好意的に見られている程だ。


 院長室に通されたダレンは、院長と共にエリックに向き合い、今回ダレンが勝手に調査した事を前置きし、話を始めた。

 エリックの父のこと、そして祖父のこと。

 エリックにレイカーという苗字がついた事。

 それら書類を見せると、エリックは顔を赤らめたり、青くしたりと忙しく、最後にダレンと共に暮らし、一緒に仕事をしないかという言葉には、目が飛び出すのではと思うほど、大きく見開き驚いた。

 そして、エリックはダレンの申し出を手放しで喜んだと思うと、今度は小さな子供の様に大声で泣き出した。


「ダレン様……。貴方様は、何故オレにこんなにも多くの初めてを与えてくれるのですか? 初めて会った時から、オレを救ってくれて……。貴方様は、オレにとって……」


 泣きながら話すエリックを、柔らかな表情で見つめていたダレンは、次の言葉に目を瞠った。


「ダレン様は、間違いなく、オレにとってのヒーローだ!」





第一部 完結

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る