第31話 ツバメと王冠
ダレンがプラナス教会の院長に違和感を持ったのは最初からだった。だが、それが【子供の神隠し】についてなのか、別の何か、なのか判別が難しく様子を伺っていた。
聞き込み調査で話を聴きに向かった際、同席していた修道士が最も怪しいと感じはしたが、それよりもダレンは院長の話ぶりに、妙に引っ掛かりを覚えたのだ。
子供に興味の無さそうな口振り、正確な子供の人数も答えられない、南部出身の男達が出入りしている事は認識していたが、教会の補修工事と言いつつ、実際には何をしているのかの把握が曖昧。
『仕事の出来ない院長』
その印象は、他の教会の院長から漏れ聞こえた言葉だ。
だが、ダレンはそれを『偽りの姿』だと感じたのだ。
僅かな視線の動き、落ち着いた様子で座ってはいたが、話している時の足の開きは外へ向き、ダレンの質問に答える最中、時折、首の後ろを撫でていた。
それはどれも『拒否』を表している。
ダレンと対面している間、終始口元に触れた。
人は隠したい事があると鼻や口を触れたくなる。それを誤魔化すかの様に咳払いをする。分かりやすく態度に現れる嘘の合図。
しかし、ダレンが質問を重ねる事に、どこか平静さを取り戻し、それらの仕草は消え、完全に扉を閉ざした状態であった。
この男は出来ない振りをして、何かを隠している。いったい何を隠しているのか。隠し事がある事は分かったが、掴めない。のらりくらりとした返答の割には、隙がない。それが、プラナス教会の院長に対するダレンの印象だった。
ディランから事件解決の話を聞いたその日、ダレンは一人、プラナス教会へ向かった。
「犯人は全て捕まり、事件は無事に解決したそうです」と伝えると、口元から顎にかけて触れながら「それは安心した」と答えた。
本心を隠す合図。
それを見たダレンは、やはり院長はこの事件に関わっていると確信した。そして。
「ただ、これは内密にして頂きたいのですが……。どうも他にも仲間がいる様です。私の方でも継続して調べてみますが、院長様ももし、教会に怪しげな人物が現れたら、私にお知らせ願いますか?」
「そうですか。ええ、もちろんご協力致します」
「ありがとうございます」
視線を落とし、何かを思案する様に黙った院長を、ダレンは静かに観察をした。
(これだけ揺さぶれば動くだろう。この二、三日が勝負か……)
その日から、ダレンは院長の行動を昼夜張り込みをし、追う事にした。
案の定、院長はダレンが教会から出て直ぐ、行動を起こした。
大きなスーツケースを片手に馬車に乗り込むと、まずは銀行へ向かった。金を出そうとしたのだろう、相当な金額だったのか窓口の担当者が慌てて上司を呼び出し、院長と共に別室へと向かった。
時間としては三十分ほど。ダレンは待合所の椅子に腰掛けて、新聞を広げ様子を伺っていた。ふと思い立ってアーサーに電話をし、国に提出されている院長の資産報告を調べて欲しいと伝えた。
暫くして、スーツケースを持って院長が出て来た。その姿勢は、若干傾いている。鞄いっぱいに金を入れているのだろう。
馬車に乗り込み、次に向かったのは港。
小型の船を見て回ると、一隻の船をその場で購入した。国を出て行く準備だと分かったダレンは、その夜の内にディランに連絡を入れた。
「近いうち、プラナス教会の院長が国を出るぞ」と。
直ぐにディラン率いる特殊部隊がプラナス教会へ向かい、教会内にある通信回線の盗聴を試みる。必ず逃げる先の誰かと、連絡を取るはずだと。果然、他の仲間と思われる男との会話を入手出来た。
しかし、相手の男は名乗らず、院長も男の名を言わなかった。逆探知出来ないか試みたディランだったが、探知するその前に通信が切れてしまった。
会話の内容は、今回の【神隠しの失敗】についてと、自らの身の安全の確保。あとは隠語なのか、意味の無い内容の会話であった---。
*
「貴方は、一体何者ですか? 院長」
「な、何者、とは?」
「ただの教会の院長では無いですよね? 貴方の個人資産には隣国から資金が流れてきていた」
「な、何のことだか!」
「とぼけなくて良いですよ。国税局を通して銀行で調べた事ですから。間違い無いですよ」
ニッコリと笑みを浮かべるダレンを、院長は震えながら見つめる。その笑みは、すぐに消え、何の感情も読み取れない冷たい瞳だけが、院長を捉える。
「人身売買の売上金ですかね……それとも、手数料?」
ダレンはグッと身体を寄せると院長の髪を鷲掴みした。院長は鼻の先まで近づいた、冷酷までに美しい顔の男を震えながら涙目で見つめる。
「……答えろ。貴方は何者だ? そして電話の相手は、誰だ」
身体の中を這うような、脳の奥を震わせる低い声が、静かに響く。
「わ、わた、しは……グッ!!」
「ッ!!」
院長の両の目が最大限に見開かれ、ガタガタと異常な震え方をしだす。ダレンはその身体を抱き支える。
院長の背中には、矢が刺さっている。その刺さり方を見て、即座に叫んだ。
「ディラン! 右方向! 近くに暗殺者がいる!!」
ダレンの大声で直ぐに複数人の走る足音が響き、消えていく。
「院長! しっかりしろ!!」
即効性の高い毒が塗られているのだろう、院長は目を見開いたまま、事切れた。
ダレンは院長を地面に下ろし、その背に刺さった矢を見つめる。薄暗く見えにくい中、目を凝らす。細い矢に小さく何か絵が描いてある事に気が付いた。
「ツバメ……?」
蔦模様の中に王冠を被ったツバメが一羽。矢にこんな絵柄の細工がされているのを、ダレンは初めて目にした。
妙に気になるその絵を凝視していると、「ダレン!」と名を呼びながらディランが駆け寄って来た。
「犯人は?」
「今、部下が追っている。それより、院長は!?」
「……ダメだ」
ダレンが指先で示すそれを追うと、矢がディラン目に入った。ディランは手袋を嵌め、院長の背中から慎重に抜き出し、その矢を回収した。
「アーチェリーの矢にしては、少し短いな」
「ああ、それに細い。先端に毒が塗ってあるだろうから、調べてみて欲しい。それから、それには何か絵柄が彫られている。王冠を被ったツバメの絵が描いてあるが、それが何を示しているのか……」
「分かった。ダレンが気になる物は全て調べてみるよ」
「僕の方でも調べる。何か大きな組織的な物に繋がるかも知れない。大事な情報だ」
「ああ、分かっている」
こうして【子供の神隠し事件】の本当の黒幕と思われたプラナス教会の院長が暗殺された事により、全貌を知ることが出来なかった。
しかし、この件以降、【子供の神隠し】は、ぱたりと止んだ。
ディランの部下が追った暗殺者は、部下に追い詰められ、その場で自害。身元が分かる物は、何一つ所持していなかった。
矢に描かれた【ツバメと王冠】についても、何の情報も掴む事は出来ず、唯一、矢に付着していた毒が、何十年も昔に絶滅したといわれる植物である事が分かった。それ意外、手掛かりが無いまま、この事件は何とも後味悪く幕を下ろしたのだった---。
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