第79話 取調べ②


 二人目・王立公園庭師のベン。


 静かな取調べ室。

 ベンは、何も口を利かなかった。

 ディランの質問に終始無言。その視線は、綺麗に畳まれたスーツと、トバリの描いた絵が数枚乗った机の中心を、じっと見つめたきり、時々瞬きをするだけだ。

 両手の指を組んで腹の前に置き、捻った足は治療のために木で固定されているが、その足先は外開きだ。指からは不安を隠すしぐさ、そして足先からは逃げ出したい心理が現れている。その割に、妙な落ち着きすら、垣間見えた。


 数時間前、別室で待機していたベンを、外からアゴーに確認をさせた。

 アゴーはベンを見て、公爵家に入り込んで手紙を置いて行ったのは「アイツだ」と、しっかりと頷いた。その目には嘘はなく、寧ろ、どこか憎しみを孕んだ瞳だった。

 ディランが「恨みでもありそうな顔だな」と指摘すれば、アゴーは顔を歪め薄ら笑いをし「俺のクロエまでも狙っていただろうと思えば、今すぐにでも殺してやりたいくらいだ」と言った。

 どこまでもアゴーの思考が理解できないディランは、呆れた様子で首を横に振った。



 そして今、ベンは取調べ室に入ってすぐ、ダレンに視線を向けて以降、黙ったままだ。


「さて、いつまで黙っているつもりだ? これらの押収品について、説明して欲しいのだがなぁ」


 ディランは机の上を指先でコツコツと叩く。その音に、視線が動いた。

 トバリが言っていた通り、鋭い目付きではあるが、四十代には見えな容姿をしている。その鋭い目が、ダレンに向けられた。

 黙ったまま、じっと見つめてくる双眸を、ダレンは逸らす事なく見つめ返す。


「貴方は、警察なのか?」


 取調べ室に入って、どのくらい経ったか。やっと口を開いて放った言葉は、ダレンが何者かを問うものだった。その口調もまた、庭師にしては丁寧で、アゴーのように荒さが無い。何とも言えない不可解さがある男だった。


「探偵と言っていなかったか」

「ああ。探偵だ」

「部外者が何故、ここに?」


 変な所に気がいく男なのだなと思いつつ、ダレンはゆっくり話をする。


「確かに、この場に於いては部外者と言えるが。貴方が何故、アルバス公爵家を狙っているのか、動機が知りたい。だから同席している」


 管理棟では、あんなに慌てて「本当にこの男が犯人なのか」と思うほど間抜けに見えたが、今、目の前にいるベンは、まるで別人格かと見紛うほど落ち着き、隙のない雰囲気を醸し出している。


「私に『手紙を読んでいないのか』と言っていたな。手紙とは、なんだ」

「トバリ氏からの紹介状だ。貴方に話を聞きたいと。私に協力する様に書かれたものだ」

「どこにある」


 ダレンはディランに視線を向けると、ディランがロジャーに目配せをする。

 ロジャーは一旦部屋を出て、すぐに戻って来た。その手には、ダレンがバートに渡していた手紙を持っており「こちらです」と、ダレンに手渡した。


 ダレンは封筒から便箋を取り出し、一旦、全文に目を通す。トバリが書いていた物に間違い無いと、ロジャーに向かって頷く。

 ロジャーが席につき、ダレンはもう一度、手紙に視線を落とす。

 トバリが目の前で書いている時には、名前の部分に気になる違和感を持ったが、全文を見ると、他にも違和感がある事に気が付いた。


 このレイルスロー王国の文字は、大小合わせて五十二文字の記号を組み合わせ、単語が出来上がる。教育をまともに受けていない人物の書く文字は、大文字と小文字の使い分けが正しく出来ていない事がある。

 トバリと話をする中で、ダレンは彼が教育を受けていないとは思い難かったが、彼の書いた手紙は、使い分けが出来ているとは言い難いものだった。

 しかし、意味は通じる文章で、しっかりとダレンに協力するように書かれていた。

 引っ掛かった名前の違和感は、その大文字と小文字の使い分けだ。

 ダレンと契約した時と、一文字だけ違っていたのだ。自分の名前を、間違えるだろうか。

 ただ、ざっと見る感じでは、大文字小文字の誤字があるだけで単語の意味に間違いはなく、特別、何か隠し文章がある様には見えない。


 ダレンは手紙を開いたまま、ベンの目の前に置いた。

 ベンは手紙を手に取る事なく、置かれたそのままに眺める。

 ほんの僅か。一瞬だけ頬を引き攣らせた。が、すぐに収まったため、その変化に気が付いたのはダレンだけだった。

 ベンは、手紙に向けていた視線をダレンに向け「わかりました」と無表情のまま言った。

 ダレンはベンの顔を黙って見つめる。何の動揺もなく、何の感情もないその顔に、手紙に何か細工があったわけでは無いと判断した。


「では、彼が居ても、話を聞かせてもらえますね?」とディランが問えば、ベンはゆっくりと顎を引く。それを了承と判断したディランは、話を切り出した。


「アルバス公爵家へ出入りし、前公爵を殺害したのは、貴方ですか?」


 早々に核心を突いて訊ねるディランに、ベンは片方の口の端をクイっと持ち上げる。


「彼は、自ら命を絶ったんですよ。私はきっかけを与えたに過ぎない」

「きっかけ? 絵手紙のことか?」

「まぁ、そうだ」

「あれには、どんな意味がある? どれも幸運を表しているが、裏の意味は報復を望むものばかりだ」

「良い解釈だ。その通り、あの絵手紙には、両方の意味がある。今回は、報復を望む意味だ」


 ベンは、薄っすら笑みを浮かべたが、それもすぐに消え、ひとつ頷く。


「何故、文字では無く絵を?」

「絵に、どんな意味があるのか。私は、彼等に考える時間を与えたんだ。文章よりも、美しく。何のためにこの絵が届いたのか」


 まるで遊びの延長線上に、この殺害があるかの様に言う。


「貴方も、自分で絵を描くのでは? 何故、トバリ氏に依頼を? しかも、トバリ氏の文字を真似して。絵の受け取りも、自分ではなく、別の人物が依頼をし、受け取ったかの様に見せかけた。その理由は?」

「私の絵は子供の落書きの様なものだ。明確に意図を伝えたい事もあり、トバリに頼んだ。文字については、トバリの文字は東の国の人間の癖がある。万が一、公爵家に捜査が入った時、まず文字に注目するだろうと思ったからだ。トバリに依頼者が私だと知られては困る理由として、トバリの恋仲になった相手が不運にも公爵家の娘だったからだ。何かあれば、彼は私を疑う。彼には、私ではない別の人間である様に思わせる必要があった」


 机の上には、五十二の文字のみが順番に書かれた紙がある。いくつかの文字の箇所が凹んでいる事から、これを書き写したのだと分かる。

 抑揚のない声。感情を何処かに忘れたのか、何も変わらない表情。ダレンは、嘘を見分けるために全身を観察したが、その身体すら最初に座った時のままの姿勢で、ピクリとも動かない。


「そこまで不安であれば、わざわざトバリ氏に頼まず、別の絵描きに頼めば良かったのでは?」


 ディランの言葉に「他の絵描きを、私は知らない」と言うと、はじめてその視線を揺らした。


 嘘か、ならばそこを突くか。


「絵を受け取る際に、友であるはずの貴方に、トバリ殿は気が付かなかったのは何故です? 服が違うだけで、声や手、仕草で気が付くかと思うのだが」

「私が変装をしていたからでしょう。顔も手も、見える部分は知り合いの舞台演出家に頼んで細工をしてもらった。声については、少し声を変えただけだったが、思いの外、気が付かれなかった」

「彼に支払った金額は、とても多いものだと聞きました。庭師の仕事で大金が支払えるとは思えない。この服だけでも、上等なものだ。他に協力者がいるのでは?」

「そんな者はいない。全て、私一人で行った事だ」


 ここまで、ベンは非常に落ち着いた口調で話をしていた。身体は無意識に逃げ出したいという合図をしているにも関わらず、だ。心理と口調がチグハグなベンに違和感を覚えながらも、視線が一度、揺らいだきりで変化がない。

 ダレンは何とも言えない不気味さをベンに抱いた。


「公爵家に一体、どんな恨みがあるんだ」


 ディランの問いに、鋭い視線がゆっくりとディランとダレンを往復する。そして、その視線はダレンに止まった。


「五年前。プラナス教会で起きた【子供の神隠し事件】は、アルバス公爵家が行っていた。正確には、前公爵が行っていた事だ」


 突然、予想外の言葉で始まった五年前の話にディランの声が小さく「え、」と洩れたのだった。

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