第78話 取調べ①
翌朝。
王宮・特殊部隊専用 取調べ室---
ダレンは部屋の隅の椅子に腰を下ろし、ディランの斜め後ろから取調べの様子を伺っている。その隣では、記録を取るために副隊長のロジャーがペンを走らせていた。
今回の事件は、貴族殺害容疑及び脅迫罪がある。それも公爵家の人間に対してだ。王位継承権があるエドガーに対しての脅迫だけでも、かなり重い罪だ。
それにより、犯人はそのままディランに引き渡す事となった。
他の事件でも、事件性によってはディランに犯人を引き渡す事はよくある話だ。
ディランは斜め後ろに座る弟をチラリと見遣る。
普段なら、ダレンはディランから結果を聴いて事件を終わりにしていた。しかし、今回だけはダレンたっての希望で、取調べ室に同席している。
一体、何があったのだろうかとディランは考えつつ、目の前の犯人に向き合った。
一人目は、先に捕えたシナ・アゴーが座っている。
アゴーは終始、何が悪いのかと言わんばかりに自分の正当性を訴えた。
「あんたらに分かってもらおうなど思っていない。これは、俺たちの問題だ。俺たちは、心で繋がっている。だが、トバリが俺のクロエを犯した。これ以上、俺のクロエを穢されない様に、俺は彼女を守る必要がある」
何を訊いても、何を指摘しても、この調子で話が進まない。
ダレンは黙ったままアゴーを観察していたが、彼は本気で話をしている。
足の向き、手の動き、視線の先、その表情も。どれを取っても、嘘がないのだ。
アゴーの話を聞き続けているディランが、ついに降参と言わんばかりに姿勢を崩す。椅子の背もたれに寄りかかり、ふぅと息を吐き出した。
その様子を横目で見ていると、ディランもダレンを振り返り見た。二人で、小さく肩をすくめる。これ以上、話を聞き続けても同じ回答しか得られないだろうと感じたディランは、ひとまず明日以降に再度、仕切り直そうと考えた。
アゴーに向き直り、それを言おうと息を吸い込むと、ダレンが動いた。
「ディラン、僕からも少しいいか?」
背後からの声に振り向き、「ああ」と頷く。ダレンは椅子から立ち上がり、ディランの横に立った。
「アゴーさん、一つ教えてください。何故、トバリ氏の日記を盗んだのです?」
「あれには、俺とクロエの出会いから、共に過ごした出来事が全て記録されているからだ。これ以上、俺たちの事を、あの男に管理されるのは、ごめんだ。アイツの手元にあるというだけで、虫唾が走る」
そういうと、身震いをして顔を歪める。
嘘をつくための演技には見えない。その態度に、ダレンは若干、顔を顰め次の質問をした。
「なら、何故、彼女に宛てた手紙の文字を、トバリ氏の文字に真似たのです? 愛し合っているのなら、貴方自身の文字で手紙を書けばいい。しかも、種のみの手紙など、彼女が意味に気が付かなければ意味がない」
「俺は、トバリの文字を真似てなどいない。アイツが俺の文字を真似ているだけだ。アイツは、俺になりたいんだよ。クロエに愛されたいから、俺の真似をしている。俺の事を自分に置き換えているんだ。木蔓の種を送ったのは、クロエが俺にくれた暗号だ。俺たちは、二人で木蔓を育てると約束している。暫く王都の屋敷に居なかったが、たまに帰って来ているのを知っていたから、送ったんだ」
身を乗り出し、真剣な表情でダレンに訴えるアゴーに、心の奥底で呆れる。それを表に出さず、次の質問を投げる。
「封筒はどこで手に入れた物ですか?」
「うちの店で、一番上等なやつだ」
「ここ一年で、まとめて購入した人物は?」
「そんなもん、幾らでもいるさ。いちいち覚えてない」
エドガー達に送られた封筒と同一だったのは、ただの偶然なのかと、ダレンは記憶の中にある封筒を思い出しながら、次の質問をする。
「公爵家への脅迫は?」
ダレンの問いに、アゴーは鋭い視線を向け睨み付けた。
「昨日もそんな事を言っていたな」
ダレンは何も答えずアゴーを見下ろす。暫しの沈黙後、アゴーが口を開いた。
「公爵家に脅迫の手紙が来ていた事は知っている」
「それは何故? トバリ氏の日記で?」
「いやぁ? 手紙を送っているヤツを、俺は見ていたからさ」
ニヤリと笑うアゴーの言葉に、ダレンとディランは視線を合わせた。ディランがアゴーに訊く。
「見ていた、とは?」
「言葉通りだ。俺はクロエを見守るために、毎夜、あの屋敷へ行っているんだ。あの公爵家の護衛騎士達は、決まった行動しかしない。抜け道だらけだ。あんな腑抜けた警護でアイツらに彼女を守る事なんてできやしない。案の定、怪しい男が俺と同じ道で屋敷に何度か入って来ていた。祖父さんが死んだ時は、流石に俺が殺したと思われちゃぁなぁ。そん時ばかりはクロエの側にいてやる事は出来なかったが。その間は、クロエが心配で仕方なかったよ」
まるで仕事の引継ぎでもしているつもりか、自分が行ってきた犯罪行為を淡々と説明する。何かを誤魔化すでもなく、終始『本気』なのだ。
ここまで来ると大したものだと、ディランは妙に感心しだしていた。
「貴方が公爵家へ行くようになったのは、いつから?」
「一昨年の夏からだ。トバリが初めてクロエを俺の店に連れて来た。あの時、俺たちの心は通じ合った。俺にはすぐに分かった。あの潤んだ瞳が終始、俺を見つめて来た。俺は……」
「手紙を持って不法侵入した、貴方のお仲間は、どんな人物?」
熱く語ろうとした所をダレンに邪魔され、不愉快そうに腕を組む。
(拒否の反応。答えるつもりない?)
そう思っているとアゴーはダレンを睨み付ける。
「俺とアイツは仲間じゃない」
「なら、そのアイツについて、貴方が知る事を教えて欲しい」
アゴーは腕を組んだまま、値踏みでもしているのか、ダレンを舐め回すように見た。
不快な視線に、ダレンの表情が僅かに険しくなる。それに気が付いたのか、アゴーはニヤリと笑い組んでいた腕を外した。
「俺が知っている事を教える代わりに、条件がある」
「なんだ」
「俺はどうせ牢屋に入れられるんだろ? なら、少しは温情をくれないか?」
ディランが「温情?」と訊き返す。
「ああ。交換条件だ。俺が犯人を教えてやる。その代わり、罪を軽くして欲しい」
ニヤけながらダレンとディランを交互に見るアゴーに、ディランは小さく息を吐き出す。
「まず、その犯人が本物であれば、考えよう。だが、約束はしない」
「なんでだ? 公爵家を救うのに役立つ情報だ。それだけの価値があるだろ」
アゴーの言葉に、ディランは呆れ果てた顔で答える。
「いいですか、アゴーさん。貴方が行ったことは、重罪です。まず、公爵家への不法侵入を何度も侵している。それだけじゃない。アパートの放火だけでも罪が重いが、人の殺害を目的とした放火は最も罪が重い。更に、公爵家の令嬢を拉致しようとした事、そして子供達の監禁及び管理棟の放火。これだけ罪を重ねて軽くなると思うのか?」
「ちょっと待て。管理棟の放火は俺じゃない」
「子供三人を監禁して放火しただろうが」
「ガキ共を捕まえ管理棟に入れたが、火は着けてない。俺が放火したのはアパートだけだ」
どこか威張る様に胸を張るアゴーに、ディランが「ふん」と鼻を鳴らし笑う。
「自信満々に言うことじゃないけどな。そうか。なら、誰が放火したか、わかるか?」
「知るか。俺は愛する人を待たせていたんだ、そんな事までしてられない」
憮然とした顔で答えるアゴーに、ダレンが言う。
「そんなに急いでいるなら、子供達を二階に上げる必要は無かったろ」
「ああ? 一階だと、簡単に逃げられるだろが。奴等が目を覚まして騒げば、すぐに見つかる。時間稼ぎのためだ。そんな事も分からずに探偵とはなぁ。お前は馬鹿なのか?」
何を言っているんだと目を見開きダレンを見るアゴーに、ディランが机を拳でドンと叩きつけた。アゴーが驚いた顔でディランに目を向けた時には、アゴーの胸ぐらはディランに掴まれていた。
「お前、さっきっから誰にものを言ってる……。もうグダグダ話すのは終いだ。さっさと手紙を送っていた犯人の情報を教えろ」
凄むディランに、アゴーは初めて怯える表情を見せたのだった。
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