第77話 庭師


 トバリとクロエが再会をした、数十分後。


 クロエを刺激しない程度に一通りの説明をトバリにし、ダレンは本題へと切り出した。


「トバリ殿、明日、私と王立公園へ行ってもらえませんか?」


 トバリの隣で、クロエが不安そうな瞳でダレンを見る。


「昨日言っていた、庭師を紹介いただきたいのです。難しい様であれば、名前と風貌だけでもお教え願いたい。私が一人で話を聞きに行きますので」

「トバリ……まだ、安心出来ない状況なのだから。お願い、行かないで……」

「クロエ、私なら大丈夫だ。私を狙っていたアゴーは捕まったというし、大丈夫だ」


 それでもクロエは首を横に振り、トバリの腕を掴んで離さない。


「クロエ……。アルバス公爵家を守るためだ。私も協力をしたい」

「なら……ならば、トバリが紹介状を書いてお渡しすれば良いのよ。そうすれば、トバリが向かわなくても大丈夫でしょう? ねぇ、オスカー様、それでもよろしいでしょう?」


 必死にトバリに言い募るクロエを見て、ダレンは小さく息を吐いた。


「クロエ嬢、わかりました。それで結構です。トバリ殿、良かったら紹介状を書いていただけますか? それから、庭師の風貌をお聞きしたい」


 酷く申し訳ない様子で眉を寄せ頷くトバリに、ダレンも心無しか困った表情で笑みを浮かべる。

 キャロルを呼んで便箋とペンを用意してもらうと、トバリは早速、庭師に宛てて手紙を書いた。

 最後に書いた宛名を見て、僅かにダレンの眉が動いた。が、ダレンは特にトバリに何かを言うわけでもなく、手紙を受け取った。


「庭師は、私より十五歳ほど年上で四十代です。名前はベンという男で、髪の色は若干、黄色みが強い栗色で、瞳は茶色です。見た目は、年齢よりも若く見える男ですが、目付きが少し鋭いので、とても愛想がいいとは言えません。ですが、悪い人間では無いです」


 先程、管理棟を見ていた男の風貌と一致し、ダレンは誰にも分からない程度に薄く笑みを浮かべ、すぐに真顔になる。


「庭師とは、どう知り合ったのですか?」

「私がよく公園で絵を描いているのを見ていて。花が満開になる季節や場所など聞いた事がきっかけで、話をする様になりました。彼も絵を描くので、それで意気投合して。それから、仲良くしています」

「そうですか……」

「他に、何か聞きたいことがあれば……」

「いえ、もう大丈夫です」

「では、クロエをそろそろ家に帰してあげてもらえますか?」


 隣に座る恋人を愛おしそうに見下ろせば、クロエは首を横に振りトバリの腕に抱きつく。


「私、トバリと一緒にいるわ!」

「クロエ……。良いかい、クロエ。今日は、一旦家に帰るんだ。お兄さんを安心させてあげるんだ」

「……」

「大丈夫だ、愛しい人」

「……分かったわ……」

「いい子だ」


 両頬を優しく包み、その額に口付けをすれば、クロエは諦めた表情で俯いた。


「では、オスカー殿。よろしくお願いします」

「はい」


 なかなか離れないクロエを、トバリが馬車乗り場まで連れ添い、どうにか馬車に乗せる。

 トバリには、ひとまず明日まではアワーズ伯爵家で過ごす様に伝えると、仕方ないと頷いた。

 キャロルには先に伝えてあり、了承は取ってある。


「それでは。また明日」

「はい。クロエを宜しくお願いします」


 馬車が見えなくなるまで、トバリはじっと動かずに見送った。



♢♢♢



 王立公園・管理棟二階---


 壁時計の針が頂点で二本重なり、カチリと音を鳴らす。


「ダレンさん、今夜来ると思いますか?」

「ああ。来る」


 真っ暗な部屋の中、ダレンはドアを真正面に椅子を置き、そこに座って足を組んでいる。

 エリックは、ドアから見えない位置に身を隠していた。





 ダレンは、約束通りクロエを昼前に公爵家へ送ってから、エリックと共に王立公園へ向かった。

 公園内の管理棟には、バートが見張り番として立っているだけで、ディラン達は引き払っていた。


「バート」と声を掛ければ、彼は姿勢を正し「オスカー子爵様」と礼をする。


「子爵呼びは好きじゃないんだ。僕のことは、ダレンでいい」


 そう伝えれると、バートは何故か恥ずかしそうにはにかんだ。それを見てエリックは、心の中で『またダレンさん、人たらししたのか……』と呆れてダレンを横目で見る。エリックの視線に気が付いたダレンが、なんだ? と言わんばかりに訝しげに首を傾げる。エリックは、わかりやすく溜息を吐き出し、何も言わずに首を横に振った。


「何なんだ」


 半目になり、不服そうに口をへの字に歪めて自分を見てくるダレンに「さぁさぁ、調査、調査」と言って肩を叩いた。更に不可解な面持ちでエリックを見るダレンを無視し、エリックはバートに笑顔を向ける。


「バートさん、はじめまして。私はダレンさんの助手のエリック・レイカーです。ここを立ち入り禁止にしてから、ベンという庭師が来ませんでしたか?」


 エリックが訊ねれば、バートは愛想よく頷き「来ましたよ」と答えた。


「仕事道具だけでも出させてくれないかと来たのですが、今日は何人たりとも入れるなと隊長命令がありましたので、断りました」

「断って、彼はどうしました?」

「諦めきれない様子で、何度も入らせてくれと言って来ましたが、ひたすら断りました。やっと諦めてくれたのか、三十分程前に何処かへ行きました。まぁ、管理棟はここだけでは無いので、他の管理棟へ道具を借りに行ったかも知れませんね」


 バートの説明に二人は、なるほどと頷く。


「そのまま、引き続き誰も入れないように。それから、これを。もし、また庭師が来たら渡しておいて欲しい」

「わかりました」


 ダレンが手渡したのは、トバリが書いた手紙だった。

 

「来なかったら、そのままディランに渡しておいてくれ」

「かしこまりました」

「それから……」


 ダレンはバートに身を寄せ、耳元で何かを言うと、スッと離れて「では、よろしく」と言って、その場を離れた。


 バートに耳打ちしたのは……。


『今夜九時以降、またここへ来る。犯人を誘き寄せたい。その間、近くに身を隠していてくれ。犯人が来ても、合図をするまで隠れていて欲しい』




 一階のドアが、ゆっくりと開く音が響いた。なるべく音を立て無いようにしているのだろうが、余計に蝶番の軋む音が響く。

 パタリと閉まる音と、コツコツとゆっくり歩く音。音は一つ。入って来たのは、一人という事だ。

 二階に向かって階段を上る音。そして、静かにドアが開いた。


「やぁ、こんばんは。ベンさん」


 暗闇の中で響く声に、ドアを開けた人物は大きく身体を震わせた。


「貴方を待っていました」


 そう言って、ダレンは椅子から立ち上がり、テーブルの上に置いてあるランプに火を灯した。


「この管理棟を燃やしたのは、貴方ですね?」


 ランプで照らされたベンは、顔を醜く歪ませた。


「あ、アンタ、何者だ!」


 どうにか発した言葉は、酷く震えている。


「おや? トバリ殿からの手紙は受け取っていないのかな? 私はオスカー。探偵だ。貴方に聞きたいことがある」

「き、聞きたい、こと?」

「ええ。貴方がここを燃やし、消したかった物は、これらの物かな?」


 何処からとこもなく現れた上等なスーツ。そして数枚の絵が、床に投げ出される。それらが、オレンジ色の光の中でゆらゆら揺らめいて見える。


「アルバス公爵家を脅し、元公爵を殺害したのは、貴方かな?」


 その言葉に、ベンは部屋を出て逃げ出そうとしたが、エリックがすかさずドアを閉め、その前に立ちはだかる。

 すると、ベンは何を思ったか左側にあるテーブルに飛び乗り窓に向かって飛び出した。

 窓ガラスが激しく割れる音と共に、ベンが落ちていく。


「アイツ!!」


 エリックは舌打ちすると、慌てて追いかけ、そのまま躊躇なく窓から飛び降りた。


「エリック! 大丈夫か!?」


 割れた窓から顔を出して下を見る。


「大丈夫ですよ。コイツは足、捻ってますけど」


 エリックはベンの上に馬乗りになって腕を捻り上げ、ダレンを見上げた。その間に、バートとディランの部下の二人が物陰から出て来て、ベンを拘束した。

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