第80話 五年前のこと



「あの事件は、アルバス公爵家が黒幕ですよ」


 ダレンを見つめる鋭い目が、光を増す。相変わらず落ち着いた雰囲気を纏っているが、興奮している。いや、緊張なのかと、ダレンはベンから視線を逸らす事なく観察をする。


「何故、それを貴方が知っているのです? それと今回の件、どう繋がると?」


 ディランは声を落とし、僅かに身を乗り出す。


「私の弟が、彼等の駒だったからですよ。弟と言っても血の繋がりは無いですが。今回は、その弟の件で、復讐をしたまでです」

「その弟とは、誰です? 弟の復讐とは、どういう事です?」

「弟はプラナス教会の修道士でした。ご存知でしょう。刑務所内で亡くなったのですから」


 終始ダレンに向けられていた瞳がディランに移る。


 五年前の【子供の神隠し事件】は、元院長が黒幕とされ、彼の死で幕を閉じた。しかし、彼の死は暗殺によるもの。毒矢以外の証拠品が無く、未だ解決はしていない迷宮入り事件の一つであった。当時の事件関係者である南部の国・イベラ帝国出身の犯人達は、人身売買加害者であり、退去強制事由に該当するとし、既にイベラ帝国へ強制送還されている。当時、レイルスロー王国で事件の真相を追うため、彼等から話を聞き出すためにも、この国で収容する方向で動いていたが、貴族院達の声で帝国側へ帰す事になった。事件真相を知る人間が、若い修道士だけとなったある日、彼は牢の中で自死したのだ。しかし、修道士には身内はいなかったとされており、集合墓地に埋葬されたのだった。


「私は、弟の復讐をしたまでです」

「弟の復讐に、公爵家の人間を全員殺害しようとする、その理由はなんだ?」


 ディランの問いに、ベンははじめて明確に表情を変えた。


「たった一人の自分の大切な家族を駒にされ、助けてさえもらえなかった。蜥蜴の尻尾切りのような扱いをされて、貴方は我慢なりますか?」


 チラリとダレンを見て、すぐにディランを見やる。ダレンとディランが兄弟だと気が付いていると、態度で示したその仕草に、ダレンはベンという男が単なる庭師であるだけでは無いと確信した。


 髪や瞳の色こそ似ているが、顔や体格が全く似ていない事から、親戚だと思われる事はあっても、二人が兄弟であるとすぐに分かる者はそう多く無い。

 先程から漂う、心理行動とは異なる妙な落ち着き。もしかしたら、手の指の仕草も足先の向きも、わざと行われている態度なのかも知れない。そう思うと、ダレンはベンという男に、先程よりも更に集中し観察した。


「大切な家族というなら、管理棟に閉じ込められ、火をつけられた子供達も、トバリ氏にとっては大切な家族だった。無関係な彼等を殺害しようとしたのは何故だ」

「出勤したら、公園警備隊が右往左往していた。何事かと聞けば、王宮から警察が来ていると言うじゃないか。アイツらのせいで、ここに並べられた証拠品が見つかってしまう。急いで回収しようとしたが、閉じ込められているのが二階だった。回収している最中に目を覚まして、トバリが描いた絵でも見られてみろ。騒がれたら面倒だ。だったらいっそ、全て燃やしてしまえと思っただけだ」


 その瞬間、微かに視線が揺れた。


 嘘だ。


「何故、嘘をつく? 本当の目的は何だった?」


 すかさず訊いたダレンの言葉に、再びベンの瞳孔が開く。そしてその視線は机の上に戻された。トバリの絵を見つめたまま、ベンが呟く。

 

「私は、弟の復讐を遂行するためにした。全ては、それだけのこと」


 再度、その言葉を放つと、ベンは口を噤んだ。


 その日、それ以上ベンが何かを語る事は無かった。何故、公爵家が子供の人身売買を行っていたのか、それをどう知ったのか、何故、その復讐が五年経った今なのか。聴き出そうにも、彼が口を開かない事から、明日改めて話を聞く事になった。



「ダレン」


 帰ろうとしたダレンがその声に振り向けば、ディランが小走りで近寄って来た。

 心無しか心配気に眉を寄せ、弟の前で立ち止まる。


「大丈夫か?」

「何が?」

「何がって……今日は何だか様子がおかしいぞ? 疲れが溜まっているんじゃないのか? 一応、犯人も捕まった事だ。少しゆっくり休め」


 ディランが何を見て様子がおかしいと感じたのか、ダレンには分かっていなかったが、疲れている事は確かだった。しかし、休んでいる暇は無い。

 今度は公爵家の事を、調べなくてはならないのだ。

 恐らく、エドガーはこの事を知らないだろう。もし知っていたら、手紙の謎も分かっていた筈だ。しかし、現公爵は知っているのかも知れない。ダレンは、早急に現公爵に話を聞かなくてはと考えた。

 その時、何故かふと、トバリの書いた紹介状が脳裏に浮かんだ。

 何かが引っ掛かるのだ。何が気になるのか。それを調べなくてはと感じるのだ。

 どう見ても普通の紹介状だった。おかしな点は無かったし、ダレンもトバリとは少しの間しか話していないが、彼が何かをする様には感じない。それでも。

 何かが気になるのなら、とことん調べてみなくてはと、ダレンはディランに手紙を貸して欲しいと頼んだ。

 ディランは不思議そうにしたが、何かの証拠品となるものでも無かったため、ダレンに手渡された。


 ダレンは帰りの馬車の中で、再び手紙を読み直す。




『親愛なるベンへ


貴方に会いたいという人がいる。探偵のダレン・オスカー様だ。君が私に紹介してくれた、絵を依頼した人物について、聞きたいことがあるそうだ。あの絵が、どう使われているのか。依頼時と異なる使い方をされている様なんだ。どうか、彼に協力をして欲しい。頼む。


また近いうち、飯でも食べに行こう。


それじゃあ、頼んだよ。


トバリ・ソーヤ』


 スペルの大小に誤りがある以外、何の変哲もない、ただの紹介状だ。

 ふと思いつき、誤って書かれた単語だけを、メモ帳に記入する。さらに、誤って書いてある一文だけを抜き出して、文字だけを並べて書いてみる。


「特に意味はないな……」


 記憶にある、幾つかの国の言葉に置き換えてみようとしても、どれにも該当しない。


「家に着いたら、改めて調べてみるか」


 そう独りごちると、手紙を丁寧に折りたたみ、スーツの内ポケットへ仕舞い込んだ。

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