第83話 蔦屋敷


 アルバス公爵家に到着し、車から降りた時点でダレンは異変を感じた。

 門へ駆け寄り格子越しに中を見れば、死角になる場所に人の足が投げ出されているのが見えた。服の色から公爵家の護衛騎士達だろうと分かり、ダレンは「遅かったか……!」と呟く。


「ダレンさん、裏口へ行ってみましょう!」

「ああ。走って行くより、車で行こう。ウィリス、裏口へ回ってくれ」

「はい」


 ダレンとエリックが車に乗り込むと、ウィリスはすぐに走らせた。間もなく裏口に到着する時、フィーリアが車の窓にしがみついた。


「待って! ウィリス、止まって!」


 急ブレーキが掛かり全員が前のめりになったが、いち早く体制を整えたフィーリアが車から飛び出した。


「フィーリア!」

「ダレン! ここに魔法陣があるわ!」

「え!?」

「人避けの魔法を感じるの。それも、特定の人を避ける感じ……。もしかして、警護が見過ごされるようにしたんじゃ無いかしら! きっと、クロエ様もここから出ていったのよ!」


 雑貨屋のアゴーの言葉が過ぎる。


『あの公爵家の護衛騎士達は、決まった行動しかしない。抜け道だらけだ。あんな腑抜けた警護でアイツらに彼女を守る事なんてできやしない。案の定、怪しい男が俺と同じ道で屋敷に何度か入って来ていた』


 アゴーと庭師のベンは、ここを通って来たのかと気が付いた。生垣は、人一人が通り抜けられる穴が空いている。こんなにも分かりやすい抜け道を、護衛が見過ごすはずがない。フィーリアが感じ取った魔法陣とやらが見えずとも、素直に信じる事が出来た。

 ダレンは身を縮こませ、穴を抜けていく。


「ダレンさん!」

「エリックはウィリスとフィーリアと裏口へ!」

「はい!」

「私もダレンと一緒に行くわ!」


 そう言ってダレンの後を追うフィーリアに、エリックが大声で呼び止めるが、それを無視して先へ行ってしまった。


「ああ、もう! ウィリスさん、急いで裏口へ行こう!」

「フィーリア様は、よろしいんですか?」

「もう、あのお転婆はダレンさんに任せる! 急いで、ウィリスさん!」

「はい!」





 生垣を抜けると、オークの木の近くに出て来た。

 フィーリアはオークの木の騒めきに気が付き駆け寄ると「痛いっ!」と声を上げた。伸ばした手にビリリッと痛みが走ったのだ。

 驚いてオークの木を見上げれば、オークの木は風もないのにゆさゆさと葉を揺らし続け、何かを伝えようとしている。フィーリアは、それを受け止ようとオークの木に意識を集中させた。


「泣いて、る……?」


 先を行っていたダレンが、フィーリアの声に気が付き「フィーリア!」と駆け戻って来た。


「エリックと一緒に行けと言ったろ!」


 ダレンは声を張りフィーリアを一喝すると、呆然としていたフィーリアがダレンの声に弾けるように身体をビクつかせた。しかし、ダレンの一喝に怖がった訳ではない事は、すぐに分かった。


「ダレン! オークの木が!」


 と、必死な表情で訴え掛けて来たのだ。


「オークの木が、苦しんでる! クロエ様に何かあったんだわ!」


 ダレンはフィーリアに聞こえない程度の小声で悪態を吐くと「急ごう」と、フィーリアの手を取り、急いで走り出した。が、フィーリアの速度では間に合わないと感じたダレンは、フィーリアを抱えて走り出した。

 まるで、五年前の時のように。


「相変わらず軽いな! もっとちゃんと食べろ!」


 走りながら言うダレンに、フィーリアは顔を赤くして「た、食べてるわよ!」と必死にダレンにしがみついて言う。


「話すな! 舌を噛むぞ」


 速度が上がった走りに、フィーリアは落とされない様にダレンの首に抱きついた。恥ずかしい気持ちなど何処かへすっ飛んでいき、だんだん近づく屋敷に目を見開いた。


「なんだこれは……」


 今朝まで美しい造りの建物であったはずの屋敷が、まるでずっと廃墟だったのではと思うほど、草木に覆われていた。


「ダレンさん!」


 使用人が利用する出入り口から入って来たエリックが駆け寄りながら話しをする。


「裏口にいた護衛騎士も使用人も、全員やられてます!」

「命は!?」

「かろうじて、呼吸がある者ばかりです。今、ウィリスさんがディラン様に連絡をしています!」

「屋敷の中は!?」

「まだ入ってません!」

「エリックは二階へ、僕達は一階を先に回る!」

「了解!」


 エリックはダレン達から離れ、中庭から二階へ続く階段のある方へ走って行く。

 エリックが階段を駆け上がって行き、ダレンはサロンに続く小道を走った。

 足元にも蔦が蔓延っており、走りにくい。それでもダレンはどうにか走り、急いで屋敷の中へ入って行った。

 屋敷の中も案の定、植物だらけだ。


「いったい、どうなっているんだ」

「屋敷全体に魔力を感じるわ」

「一番感じるのは何処かわかるか?」

「待って。ちょっと下ろしてもらってもいい?」


 ダレンがフィーリアを下ろすと、フィーリアは両手を自身の心臓部に当てて目を閉じる。


 この国に来て、初めて他者の魔力を感じる。精霊でも妖精でもない、自分の魔力とも異なるそれを、強く感じる場所を探る。


 窓から差し込む光がフィーリアを包み込む。夕日色に染まった部屋は、まるで燃えているようだ。


「二箇所あるわ。まずは、一階の奥の部屋。そして二階……」

「まず、一階からだ」


 ダレンはフィーリアの手を取って草を避けながら足を進めた。





 二階・エリックは---


「なんなんだ、この蔦! どんどん酷くなってるじゃないか!」


 一人舌打ちしながら、前に進む。途中、剣を持った護衛騎士が倒れているのを見て、犯人と対峙したのだと分かった。

 エリックは護衛騎士の首元に触れ、脈を見る。まだ生きてると確認できると、騎士の手から剣を引き抜いた。


「ごめん。ちょっと剣を借ります」


 エリックは剣を片手に蔦や生い茂る草の中を進んでいく。だんだんと蔦が増えてきて、剣を使いながら先へ進むと、一箇所だけ明らかに様子が違うドアが見えた。

 掻き分けながら先を行けば、ドアから少し離れた場所で女の使用人が倒れているのが見えた。急いで駆け寄り脈を見るが、エリックはここへ来て初めて悲痛の表情を浮かべた。

 うつ伏せに倒れた彼女を抱き起こし、仰向けに寝かせる。薄らと開いている瞼を、そっと手で触れれば、眠ったように静かな顔で目を閉じた。


「この部屋、もしかしてクロエ嬢の部屋か……?」


 エリックは剣を握り直し、ふうっと気合を入れるように吐き出すと、ゆっくり立ち上がりドアの前に立った。


 全ての部屋のドアは、ただ蔦や草で覆われているだけだった。

 だが、今、目の前にあるドアは、花が咲き乱れている。それも一種類ではない。何種類もの花が咲いているのだ。


「クロエ嬢……無事で居てくれよ……」


 エリックはドアノブを回す。しかし、ドアは蔦によって開ける事が出来ない。


「クソッ」


 短く悪態を吐くと、深く息を吐き出し「せぇ、のッ! おらぁー!!」と、掛け声を上げ、思い切りドアを蹴り飛ばした。

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