第82話 死んでも離れない
ダレンは「すぐに出掛ける」と言うと、部屋を出た。
階段を駆け降り、リビングに居るエリックに、急ぎ出掛ける用意をするよう伝えると、すぐに動き出した。一階へ向かうエリックに、ウィリスにも三分後に出掛けると伝えてくれと頼む。
エリックはすぐにウィリスの部屋へ向かい、至急出掛けることを伝えれば、ウィリスは短く返事をし即行動に移した。いつでも出掛けかけられる準備をしているウィリスは、ジャケットだけ羽織り車の鍵を持って先に外へ出る。
ダレンが自室へ入ろうとすると、フィーリアが呼び止めた。
「ダレン、私も行くわ!」
「キャロルを呼ぶから、フィーリアはここに居るんだ」
「万が一、ベルリバードが関わっているとしたら、魔法使いが必ずいるはず。それが分かるのは、ダレンでもエリックでもない! 私だけよ!」
意志の強さを感じる金緑の瞳を真っ直ぐに向けるフィーリアに、ダレンは数秒だけ勘案する。アルバス公爵家に起きている出来事に、フィーリアを連れて行く危険性と必要性を天秤にかける。
「何があっても、僕とエリックから離れるな。約束出来るか?」
「わかったわ。約束する」
「よし。三分で用意しろ。準備出来次第、すぐに出発する」
「わかったわ! ありがとう、ダレン!」
スカートをたくし上げ、階段を駆け上るフィーリアを見て、ギョッとする。
(さすがキャロルの娘だ。淑女とは思えんな……)
やれやれと心の中で呟いてから、すぐに思考を切り替え、自身の支度をして部屋を出た。
♢
アルバス公爵家へ向かう車中。
フィーリアは、後部座席でダレンの隣に座り、トバリの書いた手紙について説明を始めた。
「まず、この手紙自体が魔法陣になっているわ」
「魔法陣? そんな風には全く見えなかったが」
ううん、と首を振りフィーリアが指先で手紙の誤字の部分をなぞっていく。小文字の誤字をなぞると、若干歪ではあるが、円になって現れる。そして大文字の誤字をなぞると、星型が現れた。
「文字としては、この国の文字だから意味はないの。でも、単語として文字を繋げると、音としての響きがベルリバードの言葉と同一になるの」
「それは、なんという意味なんだ?」
「直訳になるけどいい?」
「もちろん」
「小文字の誤字だけを繋げると『お前の魂は我らが王の手に』そして、大文字の誤字を繋げると『ヒルドーの命令』となるわ。これは【束縛の術】のひとつで、とても強い魔法よ。この手紙を送られた相手は手紙を書いた人物と【契約】を交わしているはず。私にもっと魔力があれば、どんな契約なのかとか、この手紙の裏にある意味を詳しく読み取れるのだけど……。今の私には分からないわ……」
「ヒルドーって、あの童話のヒルドーかな? 大魔法使いの」
助手席に座っているエリックが振り向きながら言う。
「童話の世界だと思っていたけど……なんかもう、フィーといると魔法使いが童話だけの世界なんて思えないな……」
「ヒルドーは、ベルリバードの言葉で『ツバメ』という意味があるの。きっと、エリックの言う通り童話に出て来るヒルドーを指していると思うわ」
「そうなのか……あ! だから、童話の中でヒルドーは最後、ツバメの姿になって消えたってことか!」
二人の会話に、ダレンはハッと何かを思い出し様に息を飲む。
「待て、フィーリア。『ヒルドー』は『ツバメ』で間違いないな?」
「え? ええ、間違いないわ」
「……我らが王……」
口の中で呟くと、ダレンは手紙をじっと見つめた。
「……ダレン?」
隣に座るダレンの顔を覗き込むように、首を傾げるフィーリアに、ダレンはニヤリと口角を上げ頭を撫でた。
「よくやった。フィーリア。この件、五年前に君達が巻き込まれた【子供の神隠し事件】の犯人に繋がっているぞ。上手くいけば、真犯人を捕らえられる」
「え、どういう事です? ダレンさん」
エリックが身体ごと振り向き、ダレンを促す。
「あの事件、プラナス教会の院長が犯人だったんじゃないんですか? 自死したと聞きましたが」
「ああ、そうか。エリック達は知らなかったな。院長は、正確には暗殺されたんだ。その時、王冠を被ったツバメが描かれた毒矢が刺さっていたんだ」
ダレンは毒矢の絵柄を思い出す。あの毒矢は手が込んだ蔦模様の細工がされていた。蔦模様は木蔓にも通じる。ダレンは座席に座り直すと長い足を組み、腕を組んだ。真っ直ぐに見据える瞳は鋭さが増し、声を掛けられる雰囲気は無い。フィーリアはエリックと視線を合わせ口を噤んだ。
♢♢
アルバス公爵家・クロエの部屋---
レースのカーテン越しに入る日差しで、部屋の中は柔らかな光で包まれる。だいぶ日が高くなり、間も無く黄昏時になるが、まだ外は明るい。
トバリはベッドの中で静かに寝息を立てて眠るクロエの頬を、温もりある指先で優しく撫でた。起こさない様にそっと髪の毛を整え、薄紅色に艶めく唇には、優しくキスを落とす。愛おしそうに見つめるその瞳が、徐々に色をなくしていく。
大きな屋敷にしては、あまりにも静か過ぎるが、トバリは何とも思わなかった。
ベッドからゆっくりと出て着替えを済ませ、またクロエを振り返れば、はだけた上掛けから覗く白い肌が見える。あちこちに散った、自からつけた紅い花びらが目に入り、愛おしさが募る。だが、近寄りそれをそっと撫でる指先は、先程とは違い氷の様に冷えていた。小さく身じろぎするクロエに、そっと上掛けをかける。
「クロエ……愛しているよ。本当に……。死んでも離れない……そう思うくらいにね……」
再びキスをすれば、何処からともなく現れた蔦が、クロエの身体に絡み付く。まるで、蔦のドレスを纏わせるように。
「……ゥッ……」
小さな呻き声が、静かな部屋に短く響き、消えた。
目を閉じたままのクロエの瞼にキスをし、ゆっくり離れると、指揮者の様にサッと手を振る。それを待っていたと言わんばかりに、一斉に様々な蔦や蔓がクロエの部屋を覆いはじめた。
窓から見えるオークの木が、激しく揺れ動く。
「……無駄だよ。君は、私の中に戻るのだから」
誰に言うでもなく、そう呟くと、トバリはクロエを振り返る事なく部屋を出て行った。
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