第88話 秘密の共有


 ダレンは黙ったまま、目を伏せていた。

 相も変わらず人形のような美貌を持った弟に、ディランは目を細め見つめる。

 目の下に薄っすら浮かんでいる隈に長い睫毛が影を落とし、さらに暗く見せ、ディランの視線から自身を守っている様にすら見える。その姿が、自分に踏み込むなと線引きをされているようで、ディランは僅かに眉間に皺を寄せた。

 ダレンが学園卒業を目前としたある日、探偵業を始めると言い出し、実家である侯爵家を出て行くと言った時を思い出す。父親とディランは止めた。が、結局その後すぐに爵位を叙爵され出て行った。あの時の雰囲気とよく似た空気を纏う弟に、のは確実だとディランは小さく息を吐いた。


(さて。これは長期戦覚悟、だな……)


 ディランは今回の事件についての経過報告と庭師のベンが犯人として事件解決となる方向だと説明をした。ダレンは身じろぎせず、ただ静かに聞いている。

 遠回しに聴くべきかと思っていたが、ディランは考えを改め直球で聴くことにした。


「ダレン、話せ」


 一言そういえば、ダレンが初めてディランに視線を合わせた。


「俺に隠してる事を話してくれないか? 公爵家で何があった? 何を見たんだ?」

「……」

「あの状況は、誰が見たって、どう考えても異常だ。いくら料理見習いが毒を混ぜたとはいえ、屋敷の全員が同時に倒れる状況は、あり得ない。何より、毒の耐性がある程度あるはずのエドガー殿やクロエ嬢までもが、だ。全員が、あの日の事を丸ごと記憶が無い事も、考えなくたって分かる異常な事だと思うが? ダレン。本当は知っているんだろ? 何が起きていたのかを」


 自分の瞳よりも深い色をした青。揺れる事なく、真っ直ぐに見つめ返す瞳に、ディランはもう一度、弟の名を呼ぶ。

 すると、小さく息を吸い込む音が。


「……今夜、時間を作れるか?」

「今夜? ああ、恐らく大丈夫だ」

「なら、今夜、僕の家に来てくれ」

「わかった。仕事が終わり次第、向かうよ」

「ああ」


 短く返事をすると、ダレンは立ち上がった。その顔を見上げれば、つい今し方とは全く違う顔をしている。

 何かに挑むような、何かを憎むような。そんな硬い表情をして、ディランの執務室を出て行った。



♢♢



 その日の夜。


 ダレンの家のリビングにはフィーリアの秘密を知る者、全員。そして、ディランとレイラも一緒にいた。

 夕飯の時刻は既に過ぎ、リビングにはハーブティーの香りが漂っている。


 ダレンは立ったまま、全員の顔を一人一人ゆっくり見る。エリック、ディラン、フィーリア、キャロル、アーサーの順に半円を描き椅子に座り、キャロルの背後にレイラ、そしてアーサーの脇にウィリスが立っている。


「今から話す事については、この部屋にいる人間以外には口外を禁じる。ディラン、レイラ、約束して欲しい」


 ダレンの言葉に二人は頷く。ディランは腕を組み厳しい表情で椅子に腰掛けて。レイラはキャロルの後ろに立ち、僅かに困惑した表情で。


「ディランには、これ以上はフィーリアについて隠しておけない。そしてレイラには、今後フィーリアに起こり得ることに、巻き込まれる可能性がある。何も知らないよりは対処しやすいだろうと考え、話す事に決めた。異論がある者は言ってくれ」

「無いわ」

「オレもディラン様とレイラさんが知っている方が、良いと思います」

「私も、この二人には話して良いと思うぞ」


 皆の言葉に、ウィリスは頷き同意の意思を示す。


「フィーリア、いいか?」


 黙ったままキャロルの隣りに座るフィーリアに、ダレンは視線を向ける。


「ええ……。二人になら、いいわ」


 若干の緊張が見て取れたが、フィーリアはダレンを真っ直ぐに見て言う。それに一つ頷くと「ありがとう」と礼を言い、ディランを一瞥する。


「今から話すことは、恐らく二人は最初から受け入れる事は難しいだろう。それは、僕らも最初はそうだった。だが、話をするより、まずは見る方が良いだろう。その方が、僕らも話しやすい。フィーリア、出来るか?」

「ええ、大丈夫よ」

「身体は辛くないな?」

「ええ、傷程度なら問題ないわ」


 二人が何を話しているのか、ディランとレイラは分からずに眉間に皺を寄せて、ダレン達の様子を窺っている。


「では、二人とも。今から行う事を良く見ていて欲しい。そして、ここで見た事、聞いた事は誰にも話さないでくれ」


 念を押すと、二人は困惑顔のまま「わかった」と頷く。

 それを確認すると、ダレンはキッチンからナイフを持って来て、迷いなく自分の掌をナイフで斬りつけた。表面を撫でるように滑らせただけだったが、思いの外、切れ味がよく血が滴り落ちる。


「きゃあ!」

「ダレン!!」


 ディランとレイラの声が重なる。


「フィーリア、頼む」

「はい」


 フィーリアは席から立ち上がると、ディランとレイラに見えるように立っているダレンの隣に立ち、その手に自分の手を重ね、金緑色の瞳を閉じる。


 ほんの数秒。


 フィーリアが手を離せば、ダレンの掌の傷は綺麗に消え去っている。

 それを目の当たりにした二人は、声なく驚愕していた。

 ディランは口をポカンと開け、大きく目を見開き、レイラは両手を口に当てて声を我慢している様だ。


「見ての通り、これは手品ではない。フィーリアの力だ。彼女は、魔法を使える」

「魔法……? 魔法って、あの子供の頃に読むような童話か? 御伽話の……あの?」


 ディランは驚きのあまり、声がうわずっているが、どうにか問い返した。


「そうだ。その魔法だ。フィーリアは、この国では無い、別の国から来た。そこは今でも魔法が当たり前にある国だ。その国で、フィーリアは聖女候補だった。今見せたのは、彼女がこの国に来て、唯一使えるという治癒魔法だ。今回、アルバス公爵家の危機を救ったのも、フィーリアの力のお陰なんだ。僕らが公爵家へ辿り着いた時には、屋敷が廃墟の様に変わり果てていた。だが、フィーリアが聖女の力で公爵家のオークの木の精霊と共に、公爵家を救ったんだ。公爵家を狙っているのも、魔法使いで……」

「ちょっと待て!」


 ダレンの話の途中で、ディランは左手を突き出し制止した。ダレンが話すのを止め、ディランの言葉を待っていると。


「ちょっと待ってくれ!! 情報が多すぎる!! 情報量が多すぎて、何が何だか……頼むから、もう少しゆっくり丁寧に教えてくれ。まず、フィーリア、君のことを……。治癒魔法って……もしかして童話に出て来る【女神の愛し子】のことか?」

「ああ、彼女の場合は【聖女】だがな」


 聖女……と口の中で呟いたディランは、フィーリアについて次々と質問をしては、ほぼダレンが答えていった。

 ある程度、自分の中に無理矢理落とし込んだのだろう、ディランは次の質問をしてきた。


「アルバス公爵家を襲った魔法使いとやらは、フィーリアと同じ国の者なのか?」


 その問いにフィーリアは、首を横に振る。


「彼の使った魔法は、私の国の魔法とは異なりました。あれは、今はない魔法大国の物です」

「この世界には、そんなに沢山の魔法が扱える国があったのか?」


 ディランが困惑気味に言えば、フィーリアは再び首を横に振る。


「いえ、今は私の生まれた祖国だけのはずです」

「その、男が使っていた魔法は、どこの国?」

「もう、この世界には無いベルリバードという国です」

「聞いたことが無いな……。しかし、その今はない国の魔法使いが、何故、公爵家を襲おうとしているんだ?」

だと、私は思っています」

「「魔力の回収?」」


 フィーリアがいった言葉は、ダレンにも初耳で、ディランの声と重なる。その声にフィーリアが「そうです」と頷いて見せたのであった。

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