第90話 対立


 アーサーは全員から視線を向けられながらも、淡々と自らの考えを話しだした。


「例えばリアの言う通り、トバリという男が御伽話に出て来る精霊達の力を回収しているとしたら、あと残り三箇所がまだ回収されていない事になる。その三箇所に必ず来ると分かっているのだから、リアが精霊達に危険が迫っている事を伝えれば何か対策出来ないだろうか? もしくは、トバリが来たらリアに伝えてくれとか。次どこに来るかは分からないからこそ、こっちから先回りして……」

「ちょっと待って!!」


 アーサーの言葉に、誰よりも先に声を上げたのはキャロルだった。


「ちょっと、アーサー!? 何を言い出すのよ? 私達は魔法を使うどころか、精霊様達だって見えないし、声も聞こえないのよ? それをどうやって阻止するって!? リアを使う!? 何てことを言い出すのよ! いくらアーサーの考えだと言っても私は反対よ! リアが危険に巻き込まれるなんて! そんな事、私は嫌よ!」


 普段であれば、キャロルの怒りを諌める様に甘い笑みを浮かべキャロルを抱き寄せるアーサーが、真剣な表情を崩さずキャロルに向き合う。


「だが、トバリという男は、御伽話に出て来きている精霊達の力を奪っているんだろ。なら、それなりの力を蓄えようとしているという事になる。その力で何をしようとしているのかは、分からない。だが、決して良い事では無いのは確かだ。この国を脅かす何かを企んでいるとしたら? もし、良い事に使うのなら、公爵家の殺害などすることも無かったろ。そう考えれば、トバリを闇雲に探すより、必ず行くと分かっている場所へ行って対策をした方がいいし、捕える事も出来る」

「だからって、何故リアをわざわざ危険に晒すのよ! 伯爵家に怪しい人達も来ているのよ?! 何のためにリアをダレンの家に預けたと思っているの! リアを守るためじゃ無かったの!?」


 キャロルは緑色の瞳いっぱいに涙を浮かべ、フィーリアを抱きしめる。


「キャロル、少し落ち着け。俺もアーサーの考えは悪くないと思うぞ。トバリという男は、五年前の【子供の神隠し事件】にも関わりがあるに違いないんだ。他にも俺たちが気が付かなかっただけで、何かしらの罪を犯しているだろう。ならば、尚のこと早急に見つけ出して捕える必要がある。それに。俺は特殊部隊の隊長として、この国を守る責務がある。だからこそ、フィーリアが協力してくれるなら、アーサーの考えに俺は乗る」

「ディランまで!」


 酷くショックを受けた様に瞳を見開き、すぐにその視線が鋭くなる。


「ディランにはフィーリアにとって、それがどれだけ危険な事か分かってない!」

「俺は、この国を守るためなら、どんな事も利用する。例えそれが、キャロルの大切に思う者であったとしてもな」

「まだ、この国がどうこうなるとは限らないじゃない!」

「公爵家を狙った時点で、この国に刃を向けたも同然だ。そんな事くらいキャロルだって分かっているだろ」


 ディランの言葉に、キャロルはグッと奥歯を噛み締め口を噤む。


「ダレンはどう思う?」とアーサーが問う。


 その問いに、ダレンは床に視線を向けたまま、黙った。

 アーサーの言うことも、キャロルの言うことも、両方よく分かる。フィーリアが絡まなければ、ダレンは迷い無くアーサーとディランに賛成しただろう。しかし、今回の件については考えあぐねいていた。恐らく、アルバス公爵家が何事も無かったように無事であったことは、トバリも知っているだろう。そうなれば、トバリは何故、自分の魔法が無効化されたのか調べるはずだと、ダレンは思った。フィーリアが使った魔法を、勘付かれたかも知れない。


「……僕は」

「オレは反対です」


 ダレンが口を開くと同時に、エリックが立ち上がった。キャロルの隣に立つと「これ以上、フィーリアを危険に巻き込むのは、オレは反対です」と、はっきりとした口調で言った。


「オレ、思うんですが。今回の件で、恐らくトバリはフィーリアが魔法使いだと分かったと思います。それならば、自分の計画を邪魔する存在だとして、トバリは必ずフィーリアを狙ってくる。それで無くても、不審者がアワーズ伯爵家に現れていた。そいつらだって、未だに何者か分かってない。ただ、フィーリアを狙っている事だけは確実だとオレは考えてる。以前、ダレンさんが持ち帰ってきた、アワーズ伯爵家の調査で見つけて来た不思議な布。あれは、この国の素材では無かった。色々資料を漁って調べたけど、何の素材なのか分からずにいる。ただ、この国には無い素材と技術であることは、間違いない。そこまで分かっていたら必然的に、フィーリアを狙っている事は確実だと分かる。その上、何が狙いなのか分からないトバリにまで狙われたら? トバリは平気で人を殺せる男だ。しかも、自分の手は汚さず人を操る。トバリだけを注意するんじゃなくて、どこの誰が来るかも分からない。……オレは、レイルスロー王国が好きだけど……」


 一瞬、表情を辛そうに歪める。が、すぐに顔を引き締め、ディランとアーサーを見遣る。


「それでも、オレは、この国よりもフィーリアの方が大事だ。フィーリアは、五年前からオレにとって大切な家族なんだ。大切な妹だ」


 家族。


 その言葉に、ダレンの瞳が僅かに見開いたのをディランは見逃さなかった。


「ダレン、お前は?」


 今度はディランから訊ねられると、ダレンはそれまでの何を考えているか読み取れない表情とは違う、決意を感じる瞳をディランに向けた。


「僕も、フィーリアをこれ以上、危険に巻き込むのは避けたい。確かに、トバリを追うにはフィーリアの力を借りて精霊に呼びかける方が確実で早いだろう。だが、僕らは元々魔法を持ってはいない。僕は僕のやり方で、今まで通り探し出す。それに、フィーリアの気持ちはどうなる? 僕らは今、彼女がどう思うのかを聞きもしないで勝手に彼女が協力するものだとして話している。しかし、彼女は優しい子だ。アーサーやディランが頼めば、自分の心を閉じて頷くだろう。僕は、彼女の意思を尊重したい。だが、それは今すぐに答えるのでは無く、しっかりと考えた上で答えを出して欲しいと思っている」


 ディランに留めていた瞳を、フィーリアに向ける。


「フィーリア」

「……はい」

「よく考えて答えを出すんだ。君を守りたいと思うキャロルやエリックの気持ち、君がこの国を思う気持ち。君にとって重要だと思う気持ちを、大切にして欲しい。僕は、君が出した答えがどちらであったとしても、君を守る」

「オレも守るよ。オレが出来る全力で」

「エリック……ダレン、ありがとう……」

「よく考えるんだ。フィーリアの心が望む答えを、僕は尊重する」

「うん……わかったわ。お父様、私に考える時間をくださいませんか?」


 不安気にアーサーを見つめる金緑色の瞳を、アーサーは愛おし気に見返す。


「リア。これだけは、忘れないでくれ。私だって、リアは大切な家族だ。大切な、私とキャロルの娘だと、心から思っているよ」

「……はい。お父様」


 深く頷けば、フィーリアも頷き返す。そしてディランに向くと「いいか?」と訊いた。


「まぁ。そうだな。フィーリアの考えを、ちゃんと聞かせてくれ。ただ、時間は無限にあるわけじゃない」

「分かっているわ。三日以内には、答えを出します」


 三日は早過ぎると、エリックがフィーリアに言ったがフィーリアは首を横に振った。彼女がそう言うならば、それ以上は言うまいとエリックは引き下がったが、納得のいかない表情は変わらないままであった。



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