第92話 六箇所の精霊
時計に目を遣ると、もう日付は変わっている。
「ダレンさん」
「どうした?」
「あの……。フィーのこと、ありがとうございました」
エリックが何に対して礼を言っているのかピンと来なかったダレンは、小首を傾げて愛弟子を見つめる。
エリックは、どこか居心地悪そうにその視線を逸らすと。
「オレ、ダレンさんはディラン様達と同意見だと思ってました……。だから、フィーリアを巻き込みたくないと言ってくれた時、嬉しかった。ありがとうございます」
「ああ……。だが、」
「分かってます。フィーが、手伝うと言ったら、反対はしないって事ですよね」
「……ああ」
「オレも。本当は反対したいですけど……。でも、フィーリアが本気で決めた事なら、受け入れようと思います。だから、ダレンさん」
エリックは居住まいを正すと、真っ直ぐにダレンを見据えた。
「オレに、もう隠し事は無しにしてください」
その言葉に、ダレンは愛弟子が何に対してそう言ったのか瞬時に理解し、目を細め見つめた。
フィーリアが、この家に暮らすことになった本当の理由を、ダレンはエリックに詳しく話していなかった。先程の話し合いの中で、キャロルが言った言葉で確信したのだろう。
ただ、エリックの事だ。ダレンがアワーズ伯爵家に一人で調査へ向かったこと、そして謎の布を持ち帰った時点で察しているだろうと思っていたからこそ、ダレンは敢えて何も言わなかったのもあった。
それは信頼しているからでもあったが、信頼しているからこそ、言わなくてはならない事であったなと、エリックの言葉でしみじみと感じた。
「すまなかったな。今後は、ちゃんと話すよ」
そう伝えれば、エリックは若干拗ねたような表情をしつつ「絶対ですよ?」と、念押ししたのだった。
♢
その頃、フィーリアの部屋では---
キャロルと交代でレイラが部屋に入って来た。
寝巻きに着替え、鏡台の前でレイラに髪を梳かされていると、ふいにレイラが沈んだ声で名を呼んだ。
「フィーリア様?」
「なに? レイラ。どうしたの?」
いつも通りの声色を心掛け、鏡越しにレイラを見上げれば、レイラは悲しげな表情でフィーリアの髪を梳かしている。
「私、フィーリア様が何故、この家に住む事になったのか、全然知らなくて……。奥様は良い意味で突飛な方なので、フィーリア様が好きな方と暮らしたいだろうと思って、計画したのかしら、なんて暢気に思っていたんです……」
神妙な面持ちのレイラの言葉に、フィーリアは複雑な気持ちで鏡越しに見つめた。
「私のこと、怖く、なった……?」
「そんなこと!!」
フィーリアの言葉に、レイラは顔を勢いよく顔を上げ、ブラシを握りしめたまま鏡の中のフィーリアを見つめ返す。
「怖いなんてこと無いです! それよりももっと、今までよりも、もっともっと! 私、フィーリア様が大好きになりました!」
「え……」
「フィーリア様、傷薬をお作りになっておりますでしょう? あの薬の効き目が抜群に良いのは、きっとフィーリア様の魔法が加わっているからですよね?」
その言葉に、レイラの勘の良さに驚きつつ「ええ」と頷くと。
「やっぱり! 私、フィーリア様が何故、あんな熱心に傷薬の研究をされているのか、不思議だったんです。魔法を調整していたんですよね? それは、私達使用人や教会の子供達を思って、危険を承知でしてくださった事なんだと、今なら分かるのです。それまでも、お優しい方だと思っておりましたが、ますますフィーリア様の優しさが分かって。私、とても嬉しいのですよ? こうして、フィーリア様をお世話出来るのが私で、嬉しいです!」
「レイラ……」
「私、魔法のことは全く分からないですけども! でも、フィーリア様を必ずお守りしてみせますから! ダレン様やエリック様に負けませんよ! でも、やっぱり危険なことには、首を突っ込まないで欲しい気持ちもあります!」
櫛を持った手と空の手をグッと握りしめ、凛々しい顔を作って見せたレイラに、フィーリアはほっとしつつ、声を上げて笑った。
「ありがとう、レイラ。心配してくれて。私も、お世話してくれるのがレイラで嬉しい。味方で居てくれることが嬉しい。だから、ちゃんと考えるわ」
「本当に本当ですか?」
「本当よ! 私がこの国に来てからのお姉さんであり、親友だもの。約束するわ」
「親友……フィーリア様……」
レイラは嬉しさのあまり涙を浮かべ、フィーリアに抱きついた。無礼だと分かっている。それでも、この健気で心優しいフィーリアを愛おしく思ってしまう気持ちは止められなかった。
♢
ダレンとエリックが書庫で書物を漁っていると、ドアをノックする音が響いた。
エリックがドアを開けると、そこにはキャロルの姿があった。
「キャロル様、こんな時間にどうされたのですか?」
「キャロル?」
エリックの声にダレンは本から顔を上げ、ドアの向こうを見る。
「どうした? 入れ」
ダレンが中に入るように促せば、キャロルはショールを身体に巻き付けて書庫へ入ってきた。
エリックが椅子の上の本を片付けて差し出すと、キャロルは黙って椅子に腰掛けた。
「どうしたんだ? フィーリアは?」
「もう寝たわ……」
明らかに元気のないキャロルの様子を見て、ダレンは眉間に皺を寄せ、彼女の言葉を待った。
「ダレン……。アーサーは、本気でフィーリアを利用しようとすると思う?」
その事か、と心の中で呟くと、ダレンは持っていた本を閉じてテーブルの上に置いた。
「どうだろうな。アーサーもこう言っては何だが、ディランと同じで国側の人間だ。文官ではあるが、アーサーはそこそこ地位がある。国家を守る立場にある以上、本当にトバリが国に何かしらを仕掛けようとしていると分かれば、利用しようとするだろうな」
「……私、そんなの嫌よ……。ダレン、どうしたら良いと思う? リアのことよ。きっとあの子は、三日後の集まりで、やると言うと思うの」
キャロルの言葉には、ダレンもエリックも頷いた。
恐らく、彼女は「やる」という決断をするだろうと。
「もし、やるとフィーリアが言うなら、僕らは魔法は使えないが、武力でもって彼女を守るよ。現に、トバリはエリックと剣でやり合っているし、僕の撃った銃も、ちゃんと効果はあった。全く役に立たない訳じゃないのは分かっている。しかし、今は、彼女がやるやらない関係なく、僕は僕のやり方を見つけて行こうと思っている」
「貴方のやり方?」
「調査、だよ。とりあえず、今、御伽話の精霊達が、どこに散らばったのかを思い出せなくてね。それを探しているんだ。キャロル、覚えているか?」
「オレ、散々読んできたけど、思い出せないんですよ。書いてありませんでしたっけ?」
エリックが困った様子で眉を下げ訊ねれば、キャロルは視線を斜め下に向け考えだす。
暫くして「いいえ」と首を横に振る。
「確か、御伽話には精霊達が六箇所に散らばったとしか、書いてないはずよ。場所までは書いてない」
「何処かに書いてあるものは無いだろうか……。アルバス公爵家に実在したとなると、何処かに書いてあってもおかしくは無いと思うのだが」
「ダレン。これがもし、国家レベルの秘めごとなら?」
「秘めごと? 御伽話にもなっているのに?」
「そう。灯台下暗し。貴方が好きな言葉よ。御伽話として片付けて、夢物語として国民に思わせるのよ。そうすれば、魔法を探す者なんていやしない。魔法が存在していた事を、この国自体が隠したがっていたら? 実在しないのだと、これは物語なだけだと、そう思い込ませるためであるとしたら?」
「まぁ、有り得なくもないが……。しかし、何のために?」
「それは私にも分からない。でも、一般的な書物に書いて無いなら、この家にも伯爵家にも、どの家にも無い資料から、探さないとねぇ?」
「どの家にも無い資料……しかし、それは」
何を言いたいのか察したダレンは「僕らには難しい事だ」と、続けようとしたが、キャロルはそれを制した。
「ダレン。こういう時に、家の名前を利用しないでどうするの? 私達は、侯爵家の人間よ? 侯爵家までの人間しか利用出来ない図書室。私は嫁に出てしまったから侯爵家の名前が使えるか分からないけど、貴方は行けると思うわ。ダメだとしても、貴方にはコネがあるじゃない」
キャロルはニヤリと口角を持ち上げる。が、その瞳は笑ってはいない。挑戦的な瞳で、ダレンを見つめる。
「王宮図書室の地下室。王族と公爵家、そして侯爵家の人間以外は立ち入り禁止。機密文書保管庫。
ダレンが低く唸り腕を組めば、エリックは大きな瞳をパチパチとさせ「機密文書保管庫?」と、首を傾げつつキャロルを見つめた。
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