第2部 師匠と弟子の事件簿
キャロルの依頼
第39話 フィーリアの薬
【子供の神隠し】事件から、四年後。
アワーズ伯爵家---
フィーリアは、すっかりアワーズ家の愛娘として、世間に知れ渡っていた。
キャロルが社交の場にフィーリアを連れて行けば、あっという間に令息に囲まれ、釣書も絶え間なく送られてくる。元々、綺麗な顔立ちをした少女だったが、今では更に見目麗しく成長していた。
キャロルとアーサーは「養女である」と隠さず伝えているが、フィーリアの髪の色や瞳の色が二人と同じことから、何故か「二人の実子」として噂が広まった。二人がどんなに訂正しても、何故か誰も信じない、という謎の現象が起きていた。
「恐らく、ダレンもこうなると分かっていたんだろう」と、アーサーは困った様に笑ったが、いちいち一件ずつ否定して歩くのも面倒になり、否定しても何故か信じて貰えないことに、今では否定も肯定もせず、噂をそのままにしている。
キャロル自身も、フィーリアが社交界に受け入れられたのであれば、それで良いと切り替えた。
そんなフィーリアも十四歳になり、すっかり令嬢らしく成長した。
だが、育てているのがキャロルである。
大人しくしていれば、美しい令嬢そのものだが、随分と「
「……出来た!!」
フィーリアは、フラスコの中の液体を見つめ、金と緑が入り混じる瞳をキラキラと輝かせた。
手早く小瓶の中に流し込み、エプロンを取って部屋を出て駆け出した。
向かった先はキャロルの部屋。
ノックもそこそこに、フィーリアは勢いよくドアを開けた。
「お母様!」
「フィーリア様、いつも申し上げておりますが、ノックをして返事があってから……」
「お母様、出来ましたの! ついに完成したんです!」
フィーリアはキャロル付きの侍女のナタリーの小言を思い切り無視して、キャロルの目の前へ歩み寄った。
「出来たって……もしかして!」
「はい!」
フィーリアが興奮した顔で頷く姿を見て、キャロルはナタリーに「二人にして欲しい」と伝え、部屋から出した。
部屋に二人だけになると、キャロルはフィーリアにソファに座るよう促し、自分もその隣に腰掛けた。
「前から試していた、治癒魔法の力を液体にも込められないかの実験が、成功したのです!」
「凄いわ、リア!」
「この間、カリッサ教会の裏にある森で、水の妖精様達に、力を貸して欲しいとお願いをして、湖の水を少し分けてもらって」
「ええ。そう言っていたわね」
「妖精様の力は、精霊様の力よりも弱いので、出来るかどうか不安でしたが、やはり普通の水を使うより、魔法の伝導率が高くなったんです」
フィーリアは、ポケットに忍ばせて持ってきた、先程、出来たばかりの小瓶に詰めた液体をキャロルに見せる。
「これは、飲み薬には向かないですが、市販されている軟膏に一滴たらして使えば、通常より傷が早く治るようになります。流石に、すぐに治るとなると、色々問題になるかと思って、少し力をセーブしたのですが……」
「そのままでは、使えないの?」
「使えますが、擦り傷程度なら、その日のうちに治ってしまうかも」
「それなら、いったん試してみましょう」
「試す?」
「ええ。こうやってね?」
キャロルはスッと立ち上がり、執務机から一枚の紙を取り出すと、指先を滑らせた。
「いったぁ!」
「お、お母様!」
「はい! リア、薬!」
「え!? あ、はい!」
キャロルが指を突き出すと、フィーリアは急いで小瓶の液体を一滴、血の出ているキャロルの指先に垂らした。
すると、液体が傷に染み込む様に消えていき、血がピタリと止まる。
キャロルは濡れた指先をハンカチで軽く拭うと、目の前に自分の指を持っていき眺めた。
「リア」
「はい」
「大成功だけど、ちょっと効きすぎね」
キャロルが傷口を見せれば、それは綺麗に消えてなくなっていた。
「でも、いま、直接使ったから効きすぎたのかも知れないわよね? さっき、リアが言った通り、軟膏に混ぜてみたら、不自然にならずに治るかしら?」
そういうと、キャロルは部屋の隅にあるキャビネットの一番下の引き出しから、薬箱を持ってフィーリアの前へ戻ってくる。
薬箱に入っている傷口に塗る軟膏を取り出すと、付属のヘラでひと掬いし、綺麗な紙の上にそれを置く。
「これに一滴垂らしてみて?」
「はい」
ポタリと垂らせば、キャロルが手早く混ぜ合わせる。そして、再び紙で自分の指を切ったのだ。
「何度やっても痛いぃ」
「それはそうですよ、お母様ってば」
そう言いながら、フィーリアはキャロルの指先に軟膏を塗った。暫く様子を見ていたキャロルは「うん」と一つ頷く。
「軟膏に混ぜれば良いわね。塗った瞬間に痛みが消えたけど、傷そのものは、まだ残っているわ。リア」
「はい」
「よく頑張ったわね!」
「はい!」
キャロルがぎゅっとフィーリアを抱きしめれば、フィーリアは嬉しそうに返事をして笑った。だが、次の言葉に、フィーリアの笑いは止まる。
「これで、商売するわよ?」
「え?」
どこか悪そうに笑みを浮かべたキャロルに、フィーリアはポカンと口を開け、首を傾げたのだった。
キャロルの話は、こうだった。
自分でハーブを採取してきて、軟膏を作る。それに治癒魔法が掛かった液体を混ぜ込んで販売するというものだった。
市販している薬に混ぜるとなると、液体のみの販売となり、液体のまま使う人間が必ず現れるし、市販の軟膏を使うとなれば、その軟膏を販売している会社が必ずフィーリアの事を嗅ぎつける。そうなると、それはそれで面倒だ。
だが、自分で数量限定で液体入りの軟膏を作り販売すれば、その軟膏に使われているハーブが傷に効くのだと思われるだろうから、液体についてバレる事は無いと。
フィーリアはなるほど、と思ったが、販売する、という事には若干の戸惑いがあった。
フィーリアは、ただ、世話になったカリッサ教会の院長様の為に、何か役に立ちたいと考えていただけだったのだ。
子供達は、とにかくよく怪我をするから、自分の力が離れていても役に立てる方法を考え、この液体を作った。
商売となると、それなりの量を作らなくてはいけなくなるし、カリッサ教会の子供達の為に残せなくなるのではと、不安になった。
「大丈夫よ、リア。販売するのはカリッサ教会のバザーの時に出せば良いのよ。そうすれば、カリッサ教会の利益にもなるし、全部を全部販売しなくたって良いんだもの。まぁ、そうなると教会への寄付金に殆ど回ってしまうから、そこは院長様と相談して、材料費に少し上乗せしてもらう金額を貰うしか無いわね。そうなると、商売って言っても、アワーズ家にはたいした収益にはならないけど」
その言葉にフィーリアは納得し、そうする事にしようと考えた。
そうやって何度か売ったフィーリアの傷薬は、「治りがはやい」「傷口が綺麗に治る」等の評判が、瞬く間に広がっていき、今では王都内で知らない者は居ない薬となった。
そのおかげで、カリッサ教会のバザーは開催するたびに大盛況で、教会に大いに貢献出来ていた。
傷薬は大量生産出来ないことから、数量限定という事も効果があり、今では「幻の薬」とまで呼ばれ、バザー開始と同時に売り切れる程だった。
そうして一年が過ぎ、フィーリアが十五歳になった、ある日。
フィーリアの軟膏について、
フィーリアの傷薬は、フィーリアが作ったものだという事は、敢えて伏せていた。一部の人間は知ってはいたが、その誰もが口が堅い人物ばかりだった。だが、フィーリアやキャロルもバザーの手伝いをしている事もあり、アワーズ家が関係しているのだろう、くらいは思われていた。
そして、不審者の話を聞いた一カ月後。
アワーズ伯爵家の屋敷周りに、不審者が頻繁に現れる様になったのだった---。
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