第1章 絵手紙の執着

第47話 黒装束の依頼人


 午後二時。

 予定時刻ピッタリに、ダレンの元に客人が訪れた。


 ドアベルが鳴り、エリックがドアを開けると、そこには真っ黒なドレスを身に纏った二人の女性が立っていた。

 二人とも似たような身長で黒のベールで顔を隠しており、よく見る事は出来ない。

 エリックは一瞬、動きを止めたが、すぐに気を取り直し笑みを浮かべる。今回の依頼者は、ディランを通して来た依頼だが、家名は伏せられていた。エリックは詮索する事なく「ご予約の方ですね?」とだけ確認をする。すると、ベールの端から銀髪が見える女性が深く頷いた。


「お待ちしておりました。どうぞ、お入り下さい。こちらの部屋でお座りになって、お待ちください。ただ今、主人を呼んで参ります」


 エリックが二人を応接室へエスコートする。ダレン達の前では以前と変わらず気楽に過ごすが、この五年、ダレンやアワーズ伯爵家でフィーリアと共に礼儀作法を学んだエリックは、外から来た人々には、どこから見ても恥ずかしくない紳士的な振る舞いが出来るようになっていた。

 二人をソファへ誘導し、座ったのを確認すると、エリックは静かにドアを閉めダレンを呼びに二階へ向かった。


「ダレンさん、ご予約の方がお見えになりました」

「ああ、ありがとう。行こうか」


 ダレンがリクライニングチェアから立ち上がり、エリックに近づくと足を止める。


「それで。君の見立ては?」


 今回、依頼人についての情報が一切ないのだ。

 依頼人が何処の誰か。それは、本人が会って話すとディランから聞かされていた。徹底した情報保護が、かえって身分の高さを思わせる。


 エリックは訝しげな顔で首を傾げながら、ダレンに客人について、自分の得た印象を話した。


「依頼人の方は、お二人でお見えです。お二人とも真っ黒な衣装に黒のベールを纏っていて、顔は分かりませんでした。手袋をしていたので正確では無いですが、髪質から見ると一人は年配の、もう一人は若い女性であると思います」

「ふむ。上流階級内でここ最近、葬儀があった家は無かったと記憶しているが……。エリック、覚えはあるか?」

「いえ、ここ最近の新聞で、そういった記事は見ていません。ただ、ここ一年でご不幸があった貴族の家は、三ヶ所あったかと」

「ふむ。服の装飾等どうだ?」

「デザインは最新の物と似ていると思うので、若い女性は二十代前後かと。年配の女性は随分と古い様にも。あと、ヒールの無い靴を履いていました。もしかしたら、ご令嬢の使用人では無いかと思います。それから、気になったのは、お二人のドレスの裾が、どうも泥で汚れている様に見えました。黒服なので分かりにくいですが」

「身長差は?」

「身長差ですか? そうですね。年配の女性の方が背丈がありました。女性にして、少し大きい気もしますね。あ、そうか……それを気にしてヒールの無い靴なのかな……」


 後半、独り言の様に呟くエリックにダレンは「ん。分かった」と頷く。


「では、行ってみようか」

「はい」



 部屋に入り、ダレンは素早く二人を見る。

 ドア側を背に長椅子に座った二人の後ろ姿から、体格や髪を見る。エリックの見立て通り一人は年配の女性らしき人物の髪は銀色で、毛先が少し荒れている様に見える。もう一人はこの国では多い明るい栗色で、手入れの行き届いている艶のある髪だ。それだけでも、若い女性であると分かる。

 脇を通り過ぎる際に、足元に視線を向ける。

 年配の女性の靴は使い古されたヒールのない黒靴。女性にしては大きめな足である。その足元には、やけに大きな鞄があった。若い女性の黒靴は、まだ卸したての様だが、随分と汚れている。

 ダレンは二人の前の席に腰を下ろすと、その隣にエリックがノートとペンを片手に腰を下ろす。


「お待たせ致しました。私が探偵のダレン・オスカー。彼は助手のエリック・レイカーです」


 ベールを被った二人を交互に見ると、ダレンは即座にエリックへ指示を出した。


「エリック、暖炉に火を。それから、こちらのご令嬢に温かい飲み物を用意して差し上げてくれ」

「はい」


 エリックが立ち上がろうとすると、年配の女性が軽く手を上げた。


「飲み物は結構でございます」

「それは、何故です?」

「外で何か口にする事は、控えております」


 毒の混入を恐れているのかと理解したダレンだが、敢えてそれは口にせず理由を訊ねる。


「私を信頼して、依頼に来られたのでは?」

「信用と信頼は別かと」

「なるほど。しかし、そちらの若いご婦人は、とても冷えているのでは? 随分と震えている。一旦落ち着いて話をする事の方が良いかと。この仕事は信用が一番重要です。薬を盛るなど、あり得ませんのでご安心ください。ましてや、王宮からの紹介ともなれば王宮にも影響が無いとは限りません」


 ダレンの言葉に、年配の女性は若い婦人の手を取り顔を向ける。若い婦人は小さく頷くと「ハーブティーを頂きたいわ」と、か細い声で答えた。


「エリック」

「はい、すぐにご用意します」


 応接室には、衝立の奥に簡易的なキッチンがある。普段は衝立をそのままに茶の用意をするのだが、エリックは敢えて衝立をどかした。

 コンロに火を掛けると、暖炉にも火を焚べる。


「それで。あなたは何故、女性の格好を?」


 ダレンが年配の女性に向けて言った一言に、エリックは茶器を落としそうになる。ギョッとしながらも、平静を装い四人分の茶を淹れはじめた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る