第48話 依頼人の正体
ダレンの目の前に座る年配の女性がブルリと一度、震える。
「な、何を根拠に?」
女性にしては低い声。だが、男性にしては高い声の相手が言う。
「まず……。貴方の髪。それは、かつらですよね。地毛にしては、随分と質が悪い。最近、人毛とは別の素材でかつらが作られていると聞きます。安価で手に入れやすく、需要があると。私も職業上、かつらを被る事もありますので、少し違和感を覚えました。そして、貴方が着ている服。腹周りにはまだ多少の余裕があるにも関わらず、腕周りはきつそうだ。そして背後から見た肩周り。ガッチリとしているが胸から腹にかけてのふくよかさと異なり、肉付きが悪い。手袋をしているのは、恐らく骨格を隠すためでしょう。女性の手にしては大きい。そして、そのやけに大きな鞄に着替えが入っているでは?」
「……何故、着替えだと?」
「女性が持つには大き過ぎる。男性だとしても、まるで旅行にでも行く様だ。しかも、今着ている服は明らかに貴方の身体に合っていない。腕は今にも切れそうだし、腹周りについては、服の中にタオルか何か入れてい調整している」
「………。もし違っていたのなら、子爵殿の言葉は女性に対する侮辱発言となりますよ?」
相手の言葉に、ダレンはニヤリと口角を上げる。
「私を子爵だと知っているという事は、私より上位の方ですね」
この五年。ダレンは公の場に出る際、敢えて実家であるマイルズ侯爵家の名を使っていた。本来ならば自分の持つ爵位で名乗る物だが、エリックと共に行動をし始めてた当初、子爵が伯爵家の者を連れ回しているのは如何なものかと、爵位に拘る中位貴族の煩い輩にあれこれ言われた事がきっかけだった。
ならば、爵位を返上しようかとも思ったくらいだが、それはそれでエリックが気にすると考え直した。アーサーとディランの苦肉の策で、招待状の宛名などを侯爵家にすれば、入場の際に読み上げられる名は侯爵家になるから、返上したように見せかける事は出来る、というのでマイルズ侯爵家の名を使って公の場に出るようになった。それでも、名鑑を見れば返上していない事は一目瞭然だ。だが、誰もそこまで熱心に見ていないのか、はたまた侯爵家が怖いのか、煩い声は収まった。
しかし、ダレンが子爵である事を忘れていない者もいる。そういう場合は、だいたいが王宮で文官として勤めている人間。しかも、相当重要な立ち位置で仕事をしている上位貴族だ。
「先程の紹介で……」
若干、動揺したように言う相手。それに対し、ダレンは間髪入れずに答える。
「私は自分の爵位は、お伝えしていない」
「そう言えば! 紹介して頂いたマイルズ次期侯爵殿から伺いました」
「彼は私が依頼者に会う前に、私の身分は明かさないんですよ?」
まるでお互い牽制し合う様なやり取りをしている中、エリックが茶をローテーブルに置き、声を潜め若い女性に話し掛けた。彼女のソーサーにだけ、小さな焼き菓子が乗せられている。
「どうぞ。これ、良かったら食べてください。お茶には、砂糖か蜂蜜はお使いになりますか?」
「お気遣いをありがとう。では、お砂糖を……」
エリックが砂糖を用意している間に、ダレンは「話を先に進めましょう」と、話を続ける。
「まず、貴方がたの服装、それは喪服ですよね。ここ最近、不幸があった貴族の家はいない。なら、この一年以内に不幸があったと思われる。そして、今の貴方との会話で私は自分の記憶を辿り、ある一つの貴族が浮かびました」
「私との、会話で……?」
声が僅かに震えている。ダレンは「ええ」と頷く。
「私の爵位について、私自身があまり社交の場に行かない事もありますが、ここ数年マイルズ侯爵家の名を使っているので、忘れられている事の方が多いのですよ。それをサラリと答えられるとすれば、ある程度の立場がある人物か、その者に仕えているか。しかし、私の記憶にあるその人物は最近、あまり表に出ていないと聞きます」
二人は黙って……いや、呼吸を忘れたかの様に静かに、ダレンの話を一言一句逃すまいと耳を澄ます。
「その家の、ある人物は現在、療養につき領地に居ると風の噂で聞いています。そして、妹であるご令嬢もまた、看病のために王都から離れ領地にいる、と」
ダレンの言葉に、二人は僅かに身体を揺らす。
「彼女の服には、複数の泥はねが見て取れる。左側にのみそれがあるという事は、扉の無い車で来たか馬車で助手席に座っていたのでしょう。一方で貴方のドレスには右側に泥はねが複数ある。恐らく、貴方が運転をしていた筈だ。そして、お二人が同じ場所から来たであろう事は、靴が示してくれています。二人とも靴には泥が付いている。服が濡れていないということは、昨晩の内に雨が降った地域から来た。この辺では昨晩から今現在まで、雨は降っていない。となると、路面が乾く前の時間に家を出て、遠路から来られたのでしょう。尚且つ、車も馬車もこの家の前には無い。となると、早朝に馬車または車である程度の所まで来て、何処かに預けてきた。そしてここへは、貸出車を使ってやって来た。違いますか?」
ダレンの言葉に、二人は微動だにせず聞き入っていた。暫くして、年配の女性と思われた人物が口を開いた。
「お見事だ。オスカー子爵殿」
先程とは違う、低い声が響く。
「お兄様……」
「大丈夫だ」
そう言って、被っていたベールを取り、かつらを取った。
その姿を見たエリックが、声なく目だけを僅かに見開く。
目の前に現れた年配の女性と思っていた人物は、ダレンとそう年齢差が無さそうな若い男だった。金色に近い栗色の髪。しかし、特徴的なのは、その瞳だ。青緑の瞳。それは、王家か、この国では二家しかない公爵家の人物しか持たない色。何代重ねても、その瞳の色の子供が不思議と必ず産まれる。だからこそ、その瞳を持つこの人物が最上位の貴族であることを示していた。
「アルバス次期公爵殿。その服ではキツイのでは? どうぞ、部屋を用意しますのでお着替えください」
「ああ、ありがとう。そうさせてもらおうかな」
「エリック、部屋をご案内して差し上げて」
「はい。私の部屋ですが、そちらでお着替えください。ご案内致します」
「ありがとう」
アルバス次期公爵は、エリックの部屋で着替えを済ませると、数分後にエリックと共に応接室へ戻って来た。
エリックよりも、だいぶ身長が低かったが、全身を纏う気品が、彼を実際よりも大きく見せる。
彼は席に着き、僅かに口元を緩め笑みを浮かべた。
「噂には聞いていたが、実際に言い当てられるとは驚いた。ほぼ間違いなく、推理された通り。見事だ」
「いえ。目に見えた事をお伝えしただけです」
アルバス次期公爵は、一瞬躊躇した様に手を止めたが、それでもカップを手に取り一口茶を口に含んだ。どこか安心したかの様に小さく息を吐く。
「改めて。私はアルバス公爵家嫡男エドガーだ。こちらは妹のクロエ・アルバス。私の事はエドガーと呼んでもらって構わない」
クロエと呼ばれた女性も、ベールを取った。その下から見えた顔は、僅かに顔色が悪く、まだ震えている。それを見たエリックは、「大丈夫ですか? 温かいお茶を淹れなおしますか?」と、思わず声を掛けると、クロエは「いいえ、ありがとう。大丈夫よ」と、力無く微笑んだ。
「今回、この様な格好でここへ来たのは、私がここへ訪れた事を知られる訳には行かなかったからだ」
「と、言いますと?」
「わたくし達、いえ……アルバス公爵家の人間全員が、何者かに命を狙われておりますの」
隣に座る妹が震えながら言う。その答えにエリックは、この震えは寒さからではなく、恐怖からであると感じ、僅かに心配気に顔を顰めた。
「それは、穏やかではありませんね。エドガー殿、クロエ嬢。この部屋で話した事は一切口外される事はありません。エリックは若いですが、信頼できる私の助手です。私達を信用して頂けるなら、契約書にサインを。そして迅速に事件解決をする事をお約束致しましょう。了承頂けたら、どうぞ隠す事なく全てをお話し下さい」
エリックが差し出した契約書を二人は覗き込み、小さく頷き合う。エドガーが「貴方達を信じよう」と言いサインを書いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます