第25話 娘になる
「話を戻すぞ? フィーリア、君はこの国の何処に辿り着いたんだ?」
ダレンはフィーリアの前に跪いたまま訊ねる。
フィーリアを心配しての事だが、ダレンはフィーリアの小さな両手を取って、安心させる様に訊ねたのだが、それはフィーリアにとって緊張を高めるものだった。だが、フィーリアは懸命に話をした。
「カリッサ教会の近くに、森があるでしょう? あの奥にある、湖に着いたの……」
「そこには、精霊がいるの?」
キャロルが訊ねる。フィーリアは、ダレンから視線を逸らしキャロルへ向ける。キャロルの瞳を見ていると、何故だかホッとするのを感じ、フィーリアは不思議な感覚になった。
「いいえ、いませんでした。居たのは、ほんの僅かな妖精様達だけでした。でも、とても声が小さくて、お話が良く聞こえなかったです。でも、一生懸命に、何かを伝えてくれたのです」
「妖精がいるだけでも、すごいな……。夢みたいだ」
アーサーが、心無しかワクワクしている声色で言う。
「妖精は、なんて?」
「わたしが居た湖から、少し離れた場所に、車が止まって」
「それが、例の犯人達だったの?」
キャロルの質問にコクリと頷き応じる。
「妖精様達が『大人は危険、話ちゃダメ』と教えてくれました。だから、わたしは話しませんでした」
なるほど、フィーリアが大人の前では口を効かなかったのは、妖精の言葉によるものだったか、とダレンは一人頷いた。
「今は、妖精の声は聞こえるの?」
先程まで黙っていたエリックが訊ねる。
「ううん、今は聞こえない。妖精様達は、綺麗な水があって、花が沢山咲いている場所でしか生きられない。この国は、そういう場所が少ない……。わたし、この国へ来てから、あの森でしか見たことがないの」
「そうなんだ……。童話に書いてあること、本当の事なんだな……」
エリックの独り言のような言葉に、一同は無言で頷く。
「犯人達は、どうして君に気がついた?」
「妖精様達に、隠れてって言われて、隠れようとしたの。その時に、小枝を踏んで、その音に一人のおじさんが気が付いて。それで女の人に『ここは危険だから、安全な場所へ行きましょう』って言われたの。とても優しく言われたから、悪い人達には思えなかった……」
「妖精に、隠れてと言われて、大人は悪いって言われたのに?」
「妖精様達は、元々人間が嫌いだから……」
ダレンは、思わず矛盾を突いてキツイ言い方をしてしまった。フィーリアは分かりやすく、しゅんと落ち込む。
だが、ダレンは思い直した。この矛盾は、仕方ない事だったかも知れないと。
まだ十歳にならない年齢で、知らない国に突然飛ばされて、誰も知っている者が居ない場所に一人で。頼みの綱の妖精達の声も聞こえ難い。不安に押し潰されそうな、そんな心に、悪党と分かっていても優しく声を掛けて来られたら「悪い人じゃない」と、信じたくなるかも知れない。
それは子供だからこそ、かも知れないと、ダレンは思った。
「君が犯人達に着いていく時に、妖精達は何も言わなかったのか?」
「うん……。何も聞こえなくなっちゃたの……」
フィーリアは寂しそうな表情で視線を落とし、ダレンと繋いでいる手を見つめた。暫く黙った後、再び顔を上げダレンを見て話を始めた。
「大人の前で話してはいけないって、わたしの国でも言われてたの。……聖女の声には魔力が乗るから、神殿の中以外では、お話しはしちゃいけないって。でも、外であっても子供達とは話して良かったの。子供達は真っ新な心を持っているから、危険は無いって」
「今は、大丈夫なのか? 僕達に話をして」
「ダレン達に魔力が無いから、影響は無いと思う。今だって、みんな、体調がおかしくなったり、変な気分になっていないでしょう?」
ダレンは振り返り、キャロル、アーサー、ウィリスを順に見た。三人とも首を横に振り「大丈夫だ」と答えた。
「確かに、何も感じていない」
「治癒魔法以外、他の魔法も使えない。だから、きっと大丈夫なんだと思う」
「そうか……。魔法の事となると、僕らの国には無い物だからな。理解してやれなくて、申し訳ない」
ダレンからの思い掛け無い謝罪に、フィーリアは大きく瞳を開いて「ううん」と首を横に振る。
「とりあえず。前にも少し話したが、この国では魔法は誰も持って居ないんだ。だから、君が平穏に暮らす為には、その事は内緒にする事が一番なんだ。わかるね?」
「うん……」
「治癒魔法も、この場にいる者以外には、使ってはダメだ。約束、出来るか?」
「うん」
「よし。良い子だ」
ダレンは少し体を傾け、キャロル達を見る。
「ここにいる全員、同様に。この事は、この部屋以外では口外しないと約束してくれ」
ダレンの言葉に全員が「約束する」と頷いた。ダレンはフィーリアへ向き直ると、意味あり気にニッコリと微笑んだ。
「ひとまず君は、キャロルの娘になる、それは嫌じゃない?」
「ちょっ、ダレン!」
再び勝手にフィーリアをキャロルの娘にしようとするダレンに向かって、慌てて声を掛ける。だが、キャロルの声も虚しくフィーリアが「うん」と答えたのだ。
「お姉様の子供に、なりたい」
その言葉に一瞬、部屋の一切の音が消えた気がした。その静寂をいち早く破ったのは、ダレンだ。
「……フィーリア……? ひとつ訊いても良いかい?」
ダレンの先程までとは異なる硬い表情に、フィーリアは僅かに緊張しつつ頷く。
「……何故、僕の事はおじさんと呼んだのに、キャロルはお姉様なん……「私! リアのお母様に、なる!!」」
キャロルがダレンの言葉を掻き消す勢いで宣言をした。ダレンが半目で振り返る。
「アーサー、貴方はどう思う?」
「うん。私もフィーリアさえ良ければ、私達の娘として迎えて良いと思ったよ」
「アーサー!」
キャロルは愛しい夫に抱きつく。そしてすぐさま離れると、フィーリアの前にしゃがみ込んだ。
ダレンが握っていたフィーリアの手をどかし、自分の手の中に包み込むと、フィーリアに真剣な表情で問いかける。
「リア? 本当に私達の娘になりたい?」
フィーリアは、数回パチパチと瞬きを繰り返してから、「はい」と応えた。
「リア!」
キャロルはギュッとフィーリアを抱きしめ「今後は私達が貴女を守り、幸せにするわ!」と宣言したのだった。
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