第26話 それぞれの夜
その夜。
キャロル達はフィーリアを連れて伯爵家と帰って行った。
エリックはダレンの家に泊める事にし、ダレンの寝室を明け渡すと、エリックは酷く恐縮しリクライニングチェアで寝ようとした。
ダレンは「僕はちょっと出掛けるから、寝室を使っていいよ」と伝えると、更に恐縮してしまい、「娼館へ行くから、心配するな」と伝えた。
娼館と聞いたエリックは、顔だけでなく首元まで真っ赤にして「わ、わわわ分かりました!」と返事をし、ダレンの寝室へ消えて行った。
♢♢
「あの……キャロルお姉様?」
アワーズ伯爵家の車の中。
フィーリアは隣りに座るキャロルを見上げた。
「なぁに? リア」
キャロルは甘く優しい声色で返事をする。
「ダレンは、魔法使いじゃないのに、どうして銃が一発も外れなかったのか、不思議なんです」
どうやらフィーリアは、心底、謎に思っているようで、可愛らしい顔を顰めながら小首を傾げている。
キャロルは小さく笑うと、ダレンの幼い頃の話を少しだけした。
「ダレンは、子供の頃はとってもコントロールが下手だったのよ?」
そういえば、フィーリアは信じられないとばかりに目を見開く。
「私とディラン……ダレンのお兄様ね? 私たち親戚で仲が良くて、歳が近いから、よく一緒に遊んでいたの。そこにダレンが加わって。大人になった今では、年齢差は感じないけど。子供の頃の七歳差は大きいの。私達が簡単に出来ることを、ダレンは出来なくて。よく泣いていたのよ。それでも、ダレンは運動神経は良くてね。走るのも速いし、飛び上がるのも高くて。なのに、ボールを投げたり蹴ったりする事は、下手だったの。狙った所には、全く当たらなくて、全部見当違いの所へ飛んで行ってたの。それがよっぽど悔しかったのね。一人で隠れて沢山練習したみたい」
当時を思い出しているのか、キャロルの表情は終始穏やかで、懐かしい物を見ている様に目を細めている。
「ある時、みんなでダーツをしたの。そしたら、全て真ん中に貫いたのよ。あの時は、本当にびっくりしたわぁ……。それから、もう少し大きくなって、お父様達と狩に行って帰って来たら、お父様やディランが『ダレンの目が凄い!』って、みんな興奮しながら狩って来た動物を掲げたの。ダレンが人よりも視力が良い事が、その時分かったのよ。本人は、当たり前の事だと思っていた様だったけど。人が見逃してしまう様な小さな動きも、全部見えるのよ、彼は。だから、銃を一発も外さないのは、魔法じゃなく、彼自身の努力の結果。そして、神から与えられた視力の良さのおかげね」
キャロルの話を聞きながら、フィーリアはどこか不思議そうに頷いた。そして、不意に思い付いたように、キャロルに訊ねる。
「じゃあ、ダレンの声は?」
「声? 声が、どうかした?」
「ダレンの声を聞いていると、とても安心するの。まるで聖女様とお話ししている時みたいに。聖女様みたいに、声に魔法があるみたいに」
その言葉に、キャロルは僅かに驚いた顔をすると、すぐにフンワリと笑った。
「ダレンの声にも、魔法は無いと思うけど。それはきっと、リアにとってダレンが『白馬の王子様』だったから、かしらね?」
「白馬の、王子様……」
フィーリアは惚けた顔をしてキャロルを見つめていたが、その顔が僅かに薔薇色に染まっていくのをキャロルは見逃さなかった。
フィーリアはキャロルから視線を外すと、自分の両頬に手を当て『これが恋なのか』と、一人胸を高鳴らせた。
(あらあら。ダレンったら、十歳の乙女の心まで落としてしまったみたいね)
心の中でそう思いつつ、キャロルは隣りに座る小さな少女の頭を撫でた。
♢♢
ダレンは宣言通り、娼館へ来ていた。
「……そうか。やはりあの男の子供だったか」
ルシアに頼んでいた十五年前の出来事の報告に、ダレンは一人頷く。
「でも、ダレン様? 何故急に子供の事など?」
ベッドボードに寄りかかりながら、報告書を読んでいるダレンの胸に、ルシアは顔を摺り寄せる。
服を着ていると細身に見えるが、鍛え上げられた引き締まったダレンの身体を、ルシアは淫猥に指先を這わせる。
ダレンはルシアの肩を抱き、その蕩けるような金色の長い髪を指先に絡め、「何となく」と気のない返事をする。
「その子供が、相当、お気に召したのかしら?」
「……どうだろうな?」
「ダレン様は、子供が欲しいのですか?」
「……さぁな」
「わたくしと、子作り行為はなさってますわよ?」
ルシアはクスクスと笑いながら言う。
「避妊をしたら、子供は出来ないと知らないのか?」
「出来ないのでは無く、確率が低くなるだけですわ……。わたくし、避妊などせずとも宜しいですわよ?」
「……避妊する事は、男の務めだよ」
「わたくし、ダレン様が子供を欲しいのでしたら、協力致しますわ……」
ルシアの言葉に、ダレンの表情は一瞬で冷たい物に変わる。鋭い視線に、ルシアは笑いを止め、ダレンの深い海の様な色を持つ瞳を見つめた。
「……ルシア。僕らの契約には、互いの子供を欲しがらないと明記してあった筈だが……?」
「……冗談ですわ……。ダレン様が他の子を気に掛けるので、ちょっとした妬きもちですわ……」
その言葉には、若干の嘘が見て取れた。
ダレンはルシアから身体を離すと、ベッドから出た。
「ダレンさ……」
「暫く、来るのは控える。ああ、そうだ。ルシア、情報をありがとう」
ルシアの額にキスを落とすと、ダレンは一人、風呂場へ向かい十分もしない内に着替えて出て来た。
「じゃあな。身体に気を付けて」
「あの、ダレン様。待って……」
ルシアの呼び止める声も虚しく、扉は閉まった。閉まった扉は、そのまま開く事なくダレンの遠のく足音だけを、ルシアの耳に届かせたのだった。
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