閑話 ダレンの受難

第37話 ディランの奇襲


 マイルズ侯爵家・中庭---


 カキンカキンと、剣がぶつかり合う音が響く。


 今現在、エリックはディランに剣の手合わせをしてもらっている最中だ。

 ディランに剣をプレゼントされた、あの日以来、ディランが非番でエリックにもダレンの助手の仕事が無い日の朝は、こうして練習を重ねているのだ。現在エリックは十八歳。随分と身体も大きくなり、そこそこしっかりとした体型になったが、まだまだ細い。


「エリック! 防御ばかりではヤラれるぞ! たまには攻撃してこい!」

「クッ!!……はいっ!」


 エリックが大きく踏み込めば、ディランは「甘い!」と一言放ち、剣をいとも簡単に払い除け、エリックの剣は呆気なく地面に転がり落ちた。


「わぁーーーー!!! またダメだった!!」


 エリックがゼェハァと荒い息を吐き出しながら、両膝に手を置く。


「お前の剣は素直過ぎる。もっと相手の隙を突いて行かないとダメだ。あと、足をもっと踏ん張れと言っているだろ。でもまぁ、以前に比べると握力は上がったんじゃないか? それは、お前の努力の結果だ。もっと磨いていけば、弾け飛ばされず耐えられる筈だ」


 息一つ乱れていないディランの言葉に、エリックは身体を起こし「はい! ありがとうございます!」と元気よく返事をする。

 元々運動神経が良いエリックは、ディランが剣を教えだしてすぐに基本的な構えを覚えた。勘もよく、相手の攻撃を防ぐ事もすぐに出来たし剣筋も悪く無い。だが、いざ攻撃となると優しい性格故か、はたまた素直過ぎる性格故か、分かりやすく攻撃をしてくる節がある。そして何より、まだまだ筋力が足りていない事で、攻撃した途端、あっさりと負けてしまうのだ。


「毎朝、ダレンさんとトレーニングしているんですけど……。もう少し、やった方が良いのかな……」


 後半は独り言の様に言ったエリックの言葉に、ディランの瞳が鋭く見開かれる。


「……いま、何と言った……?」

「え? いや、トレーニングは毎朝してるのですが、もう少しメニューを増やした方がいいのかと……」

「そこじゃないっ!!」

「え!?」

「ダレンと……!! ダレンと毎朝、トレーニングだとぉっ……!?」

「あ……」


 エリックは口に手を当て「やべぇ……変な火ぃつけちゃった……」と小さく呟いた。


「俺が散々ダレンを誘っても、『その日の気分でやってて、毎日やってる訳じゃない』とか言って、ちっとも一緒にトレーニングしてくれないのにっ!!」

「え、今のダレンさんの真似ですか?」

「何でエリックとはトレーニングするんだ!? エリック!」

「うぇ!?」


 両腕をがっしり掴まれたエリックは、直立不動で上背のあるディランを見上げる。


やってるんだな?」

「は……はい……」

「何時だ」

「へ?」

「何時に! どこで! 何のトレーニングをしている!?」

「えぇぇぇ……」


 ダレンより薄めの青い瞳を見開き見下ろしてくるディラン。若干血走っているそれを見つめ、エリックは乾いた笑いをするだけで精一杯だった……。





「と、いう事で、明日の朝、夜勤が終わってからディラン様が来られるとの事です……」


 普段とは異なる疲労感を漂わせたエリックに、ダレンは憐れんだ瞳を向けた。


「そうか。分かった。お疲れ様。もうバレてしまったのなら、それは仕方ない」


 ダレンの言葉にエリックは、あ、やっぱり隠していたのかと、思いつつ「すみませんでした!」と勢いよく謝ったが、ダレンは「大丈夫だ」と力無く返した。


「まぁ、どちらにせよ、明日はひょうが降るからな。残念ながら、トレーニングは中止だ」


 トレーニングと言っても、二人が行っているのはジョギングと体術の手合わせを行うくらいだ。それとは別にエリックのみ、剣術に合わせたトレーニングをしているが、ディランの様な筋肉質な体型にする必要は無いため、本格的な筋トレをする様な内容ではない。

 遠い目をしながら、トレーニング中止と言うダレンにエリックは苦笑いした。


「ダレンさん、今はなので雹は降りませんよ」


 エリックの言葉にダレンは削げ落ちた表情のまま「……じゃあ、土砂降りが……」と、力無く呟く。現実逃避しようとする、その姿を見て、エリックは本当に申し訳ない気持ちになりつつも、苦笑いをしてしまう。


「残念ながら、今朝の新聞にあった天気情報によれば、明日は晴れとの情報でしたよ」


 ダレンはリクライニングチェアに身体を預け、諦めた様にふぅと深く息を吐き出したのだった。





 翌朝。


 ダレンの部屋のドアベルがけたたましく鳴り響く。


「う゛ぅ……いま、なんじだ……」


 ベッドサイドのキャビネットの上に置いてある懐中時計に手を伸ばす。感覚的に、目覚めるには、まだ早いはずだと思いつつ目を凝らして時計を見た。その間、ドアベルはしつこくなり続ける。


「五時二十分……。絶っ対、アイツだ……」


 ダレンは枕にバタリと顔を埋め低く呻いてから、勢いよくベッドから飛び出した。



 乱暴に共同玄関のドアを開けると、案の定、予想通りの人物が。


「おっはよぅ!! ダーレンッ!」


 心無しか語尾に音符でも付いている様な弾んだ声に、ダレンは半目になりつつディランを睨み付ける。


「今、何時だと思ってる」

「ん〜、五時過ぎくらい?」

「普段なら、まだ僕は寝ている時間なんだがっ!」


 声を抑えつつディランに言えば、ディランは悪びれもせず和かに「うん、知ってる」と頷く。


「朝のトレーニングに付き合おうと思って! 交代の奴が早く来たから早く変わってもらって、屋敷に帰らず真っ直ぐ来たんだ! お兄ちゃん、楽しみ過ぎて、ちょっと張り切っちゃった!」


 あはっと爽やかな笑顔で言うディランに、ダレンは黙ってドアを閉めた。


「えぇ!! ちょっと!? ダレン!? 開けてぇ!!!」


 ドアをドンドンと叩く音に目を覚ましたのか、一階に住んでいるエリックが部屋のドアを開けて顔を覗かせた。寝癖でボサボサの髪を掻きながら「ダレンさん?」と、寝惚けた声を出す。


「もしかして、ディラン様ですか?」

「ああ」

「ダレーン! あーけーてぇー!」

「ダレンさん……。ひとまず近所迷惑になるので、部屋に通した方が良いかと……」


 エリックの最もな意見に、ダレンは憮然とした顔でドアを開けた。


「あ、開いた。やぁ、エリック! おはよう!」

「おはようございます……ディラン様……」

「とりあえず、近所迷惑だから僕の部屋へ上がれ、ディラン」

「ふふーん。ありがと、ダーレンッ」


 ご機嫌に二階へ上がっていくディランの背中を半目で見ながら「……確信犯め……」と、ダレンは苦々しい気持ちで小さく呟くのであった。

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