第2話 依頼主
レイルスロー王国。
それが、ダレン達の暮らす国の名だ。
この国には、魔法は無い。かつて、遠い昔に魔法使いが存在した様だが、今は居ないとされている。科学が発展し、今まで魔法が無くては扱えなかった物が、魔力が無い者でも誰もが扱える様になった。それに合わせるかの様に、【魔獣】と呼ばれていた生き物もいなくなり、脅威に晒される心配も無くなった。それらの要因が重なり、人々の中に元々あった魔力が薄れ、無くなったのだろうとされている。
その昔、まだ魔法が珍しくも無かった時代には、探偵など居なかった。
そんな人間が居なくとも、事は解決出来ていたからであろう。
今となっては、魔法使いも魔獣も、妖精やら精霊やらも、子供向けの夢物語の世界のみの話となっている。
だが、魔力が無くても、誰もが平等に生活を送れる様になった分、魔力が無くなった事で、失った物もあるだろうと、ダレンは考えていた。
例えば、警察には相談し難い。だが、どうにか解決したい。そんな出来事は、いつの時代になっても稀にある。特に、貴族の間には。魔法使いが居た頃は、魔法で消し去る事も出来ただろう。何故なら、この国の歴史は長いが、スキャンダラスな出来事は何一つ、どこにも記述されていない。今の時代にある事が、遠い昔に全く無かったとは考え難い。
疑惑を消し去りたい、不貞行為が行われているのか、探して欲しい人や出来事。信用調査や実態調査、家同士の揉め事の解決など理由は様々。
だが、そのどれも共通していることは、人には言えない。多くの人に知られたく無い。安易に頼め無い。
それでも意を決して警察に依頼したが、相手にされなかった、なんて場合もある。
そんな下世話なものから国を揺るがし兼ねない出来事まで。
様々な出来事や悩みを抱えた貴族達を相手に、ダレンは依頼を受け解決をし、報酬を得る。
ただし、人の命を奪うことの依頼は除外だ。あくまでも、調査をして報告をし、時に内々に解決させる事が仕事だ。
内々に、だからこそ。この国に【探偵】なる者が居るという事は、上流階級で噂程度でしか知られていない。そして、その【探偵】が、ダレンであるという事も。
では、どの様に依頼が舞い込んで来るのか。
それは、王宮内で文官として働いているキャロルの夫で、近い将来伯爵となるアーサー・アワーズ。そして稀に近衛部隊にいるダレンの兄が依頼人の窓口として話を持ち込んで来るのだ。
実際には、どうやって依頼人を釣るのか、ダレンは知らない。が、二人が言うには食堂などでの噂話を元に、依頼人を見つけるのだとか。
例えば『急に仕事が雑になった人物』の噂話なんかは、十中八九悩みを抱えている場合が多い。
二人は、その悩める人物と同じ部署で働く貴族達に、内緒話として【探偵】の噂をする。その噂を聞き付けた依頼人が二人のどちらかに話をしにやって来る。といった具合だ。
依頼を受ける事になった際は、依頼人と面談をする。その時、依頼人は初めてダレンが【探偵】だと知るのだ。そして、依頼を引き受ける前に、互いに契約書を交わす。
依頼を受ける、受けない関わらず【探偵】がダレンである事を口外しない事。そして、ダレンが依頼人の依頼内容を口外しない事。もし、破られた際は、依頼人の恥ずかしいスキャンダラスな話が国中に広まるとして……。
今のところ、ダレンが【探偵】であると口外された事は、一度も無い。
「それで? 王女様は、なんて?」
キャロルがキッチンでコーヒーを淹れながら訊ねる。
アーサー経由で入って来た今回の依頼主は、この国の第三王女だ。去年、依頼を受けて以来、何かあればダレンに話を持ち掛けて来るが、その多くがダレン自身にも危険が及びかねない厄介な物ばかりだ。
「僕にもコーヒーを淹れてくれ」
「自分で淹れなさいよ」
「僕のキッチンを許可なく勝手に使っているんだ。しかも、僕がお気に入りのコーヒー豆を使って。そして今、冷蔵庫の中に入っているチョコレートすら、こっそり食べようとしているだろ?」
キャロルは開けようとした冷蔵庫の取手から手を離す。コーヒーを淹れている最中、冷蔵庫の前にあるゴミ箱の中に、ビリビリに破かれた高級チョコレート店の包装紙が目に入り、冷蔵庫にチョコレートがあると気が付いて開けようとしたのだ。
キッチンからチラリと顔を出し、ダレンを見る。が、ダレンはリクライニングチェアに身体を預け、手紙に視線を落としている。まるでキャロルの行動を見ているかの様にスラスラと言い当てたが、全くこちらに目を向けている様子は無い。
キャロルは小さく「……分かったわよ」と言うと、イーとムキ顔を一つし、コーヒーカップを二客出した。
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