<ホワイトウルフ>

 ホワイトウルフの夫婦は、子供たちが五月の下に訪れていることを知っていた。彼女の敷地が結界に守られていることもあり、勝手に入って彼女の迷惑になることもないだろう、と見守ることにしたのだ。

 その日は夫婦も子供たちが五月の下に行く後を追いながら、途中から、山の中の様子を見るべく、あちこち彷徨っていた。


『こちら側は、ずいぶんと清浄な空気が増えてきたようだな』

『そうね……でも、こちらの山の東側、木々が枯れてきていない?』

『嫌な枯れ方だな……この時期に、こんな黒ずんだ枯れ方おかしい』

『それに……獣の姿も少ないわ』

『……いや、裾野の方に魔物が増えていないか?』


 訝し気にオスのホワイトウルフが、山頂の方から見下ろし、ジッと周囲を窺っていると。


『とうさまっ!』 

『かあさまっ!』


 子供たちの叫び声に、ホワイトウルフ夫婦はすぐに動いた。子供たちの匂いは、いつもの五月の敷地のある方向だ。


 ガランガランッ


 魔物にとっては嫌な波動を持った、魔物除けのベルの音が響く。

 ホワイトウルフも魔物の一種ではある。本来、ホワイトウルフの大きさは、普通の狼とさほど変わらない。しかし、彼ら一族には、聖獣フェンリルの血筋をひいているせいもあり、身体の大きさも、また、魔物の性質よりも聖獣の性質に近く、ベルの音は効き目がなかった。


『ああ! いとし子に抱えられているわ。何があったの!』

『……アレか』


 メスの方は、気を失って五月に抱えられている子供に気を取られていたが、オスは生臭い魔物の匂いにすぐに気付いた。


『子供たちはいとし子に任せろ……我らは、アレを始末せねば』

『……ええ。うちの子に手を出したのを、後悔させなくてはね』


 二匹のホワイトウルフは、目の前に現れた黒い大蛇に狙いを定めた。

 子供たちにしたら、自分たちを飲み込みそうなほどの大きさであったが、ホワイトウルフ夫婦からしたら、おもちゃのような物。

 甚振るだけ甚振ると、大蛇は、あっさりと狩られてしまった。


『なんだって、このブラックヴァイパーの、それも変異種がこんなところまでやってきたんだ』

『あの裾野の枯れ木も、コイツのせいかしら』

『ないとは言い切れないが……とりあえず、これをいとし子に渡しに行くか。人の世界では、これは貴重なモノらしいからな』


 オスは大蛇……ブラックヴァイパーの首をくわえて、五月たちの敷地へと向かう。

 敷地は強固な結界で守られ、五月に認められた者だけしか入れないようになっていた。


『これはこれは……私たちでは無理ね』


 メスが目を瞠りながら、敷地の方へ目を向けると、子供たちが五月を引っ張りながらやってくる姿が目に入った。




 なんとかブラックヴァイパーを五月に渡し、ホワイトウルフ親子たちは自分たちのテリトリーである、フタコブラクダの北側の山の洞窟へと戻ってきた。


『とうさま、とうさま、いとしごのところのおみず、すごーく、おいしかったんだよ!』

『そうそう! せいれいもね、いっぱいいっぱいいてね』


 子供たちの興奮が落ち着くまで、話を聞いていた夫婦であったが、ブラックヴァイパーの存在を思い出し、愛し子である五月のことが心配になった。


『魔物除けのベルを持っていたようだが……ブラックヴァイパー以上のモノが来たら』

『結界の中であれば大丈夫だろうけれど、心配ね』


 わざわざ北の地から、南下してきたのには、何かしら理由があるに違いない。

 この山にはホワイトウルフたちがいるせいか、多くの魔物はよりついてはこない。南側には、そんな強い魔物はいなかったが、なぜか、魔物はいついていなかった。


『北で何か起きているのか』


 オスが北の方へと目を向ける。


『……北といえば、古龍様が眠りにつかれているのよね』

『まさか、古龍様が目覚められたか?』


 不安そうな目は、やはり北の方へと向いている。


『もしかしたら、古龍様の気配を受けて、魔物たちが移動してきているのかも』

『万が一にも備えて、愛し子のそばで暮らしてみるか』

『なになに?』

『いとしごがどうしたの?』


 夫婦は子供らの嬉しそうな顔に、五月の居住地のそばに移ることを話した。


『やったー!』

『あそこ、みずがおいしいの!』

『せいれいもいっぱいだしね』

『うんうん、おいかけっこ、たのしい!』


 不安を抱えた夫婦をよそに、期待を膨らませた子供らの声が、ホワイトウルフの洞窟に響いたのだった。

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