第16話 異世界キャンプ場への逃亡

 祖父母は暑い中、畑に出ていたらしく、そこで熱中症で倒れたらしい。二人が見つかったのは、その日の夜。夕飯後の時間なのに、家の電話に誰も出なかったことを心配して、伯母がかけつけて見つけたらしい。

 葬儀には、母は呼ばれなかった。当然といえば当然か。


「五月ちゃん、これ、おじいちゃんたちがあなたにって」


 伯母が差し出してきたのは、私名義の通帳と印鑑。


「あなた、大学の入学金とか、おじいちゃんたちに返済してたでしょ。それ、ずっと貯金してくれてたんですって」


 中を見てみると、残高は200万ちょうど。学生時代からバイト代で少しずつ返していたものの、そんなに返済してたっけ、と思って最後の入金を見ると、伯母名義で約30万ほど入っていた。


「おばさん、これって」

「うん、ほら、遺産相続とか面倒じゃない? あの子の分、渡してあげられるほど余裕もないからさ、私たちでキリのいい金額にさせてもらったのよ」


 亡父は次男坊で、他にも兄弟が何人かいた。確かに分割したら大した金額にならなかっただろう。


「ありがたく頂きます」


 ちょっとした小金持ちになった私のところに、再び、お稲荷様からメールが来た。


『山に遊びに来ませんか』


 私は一も二もなく、キャンプ場に行く気になったのは、言うまでもない。


             *  *  *  *  *


 忌引き休暇をとってしまっているために、残念ながら夏休みに有給をつなげて使うことが出来なかった。できたなら、もっと長く異世界キャンプにいそしんだのに。


「えーと、4日間ですね」

「はい、あの」

「なんです?」


 今日はなぜか若い男性が受付にいた。お稲荷様は不在なんだろうか。


「稲荷さんは今日は?」

「あー、オーナーですか。なんかちょっと急用が出来たとかで今日は休みです」

「そうですか……じゃあ、あの鉈をお借りしてもいいですか」

「鉈ですか? うちじゃ、そういう道具類は貸し出してないんですけど」

「え、でも、前回は借りられたんですが」

「たぶん、オーナー個人のじゃないですかね」


 ……なんと。あれはお稲荷様の持ち物だったのか。だから、あの性能だったのか、と頷ける。もしかして、自分で用意した鉈とかじゃ、あんな機能はないのかもしれない。


「はい、望月様はっと、うん? 特別区?」


 なるほど、あそこは特別区って言われてるのか。というか、この男性も神様なんだろうか。


「どこのことだろ」


 違うらしい。


「あ、場所はわかるんで、とりあえず向かってもいいですかね?」

「そうですか、はい。大丈夫だと思います」


 チェックインを終えると、今回は忘れずに薪を購入していく。念のため、2束。あちらで枯れ木を集めて少しでも薪の消費を抑えられればいいんだけど。

 いつものレンタカーで目的地へと向かう。

 こうも何度も使うんだったら、中古で車を買ってもいいかもしれない。いや、駐車場がないか。あっても、駐車場代高そうだし。

 そんなことを考えながら走っているとトンネルを抜けて、異世界の山の中へと入っていく。そして、あの開けた場所に着いてみたら……。


「トイレがないっ!? 風呂はっ!?」


 簡易トイレと風呂小屋が無くなっていた。

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